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2011年7月18日 (月)

ぶらり思い出めぐり

梅雨明けの三連休、単身一泊で、大学時代を過ごした第二の故郷、F県へ。

色濃く過ごした思い出の土地を一人、懐かしいねー懐かしいねー、こりゃ懐かしいねーと言いながら、のらりくらりと遊び歩いた。

F駅到着後、駅前のホテルでチェックインを済ませ、まず初めにぶらり立ち寄ったのは、Dsc06370 大学時代、足しげく通ったアジアン雑貨のお店、チェッカ。6畳一間ほどの小さな小さな雑貨屋さん。

近年、不況と自動車社会の振興により客足が遠のき、空き店舗が増え、閑散としているF県の中心街、F駅前。

F駅前の厳しい経済状況で辺りはシャッター街になる中、昨年開店10周年を迎えたチェッカ。10年間女性店主の嶋ちゃん一人で営む小さな雑貨屋さんは、いつでも「ただいま。」と家にでも帰って来たような安らぎの空間の中に、嶋ちゃんの温かい人柄と元気がでるような楽しい雑貨で溢れている。

心が疲れているとき、嬉しいことがあったとき、嶋ちゃんに会いたくて本当によく来ていたチェッカにも、訪れたのは6年ぶり。覚えていてくれるのか不安いっぱいで店に入ると、「あんたひって久しぶりやの!」と、一目でわかってくれた。心の郷に帰って来た懐かしい気持ちであふれた。

思わず「ただいま!」と言い、約10周年記念を祝してお花をプレゼントした。すると、「コレ、昨年10周年記念で作ったんよ。持っていきね。」と、P1100101 傘をもらった。

に、荷物になるんだけどね。あ、ありがとう…。てこの後、梅雨明けのガンガン照りの中、どこへ行くにもこの赤いビニール傘を持ち歩いた。

ま、当然行く先々で「何で傘もってんの?」と聞かれるワケで。「仲よかったお店の10周年記念で…うんぬんかんぬん」という説明を何度したことか。

どんな時も、大きな心でふんわり受け止めてくれる嶋ちゃん。これからも変わらず元気で駅前のオアシスとして20年後も30年後も、どうか繁盛しますように。

そして次に向かったのは、大学時代のアルバイト先。Dsc06376_r Dsc06378_r 4seasons。

こんなエスニックがちゃがちゃ好きの私が、性に合わず働いていたシックで落ち着いた様服屋さん。

今回の旅の目的はココ。大学時代にお世話になった店長のリーちゃんが、この度アラフォー真っ只中にして、「オラ東京さいくだー」と、ようやく嫁に行くというのでそのお祝いにかけつけた。

このお店でアルバイトを始めたのもこれこれ10年前。私は10代、リーちゃんはすでに30代。店で働く店員さんは、私も含め次々と結婚し、まるで行司に「残ったー!残ったー!残った残った残ったー!」と言われるように横綱級に残って来たリーちゃんがようやく結婚。

そんなリーちゃんが、独身最後の仕事として仕入れた洋服達を久々にお買いもの。P1100106 セールに調子こいて大量購入。いさぎよくクレジット切りました。ま、このクレジットの明細も未だ実家に届くワケで…夏休みは耳栓をして里帰りをします。はい。

こうして閉店間際まであれでもないこれでもないと迷いに迷ってお買い物をし、閉店後はリーちゃんとリーちゃんの旦那様も駆けつけて下さり、久々にお店の方たちと食事へ。

10年経っても相変わらず皆、口だけは達者。

向こうの席で最後の晩餐のようにがやがや宴会をしているおばちゃん集団を見て「あのおばちゃん集団、ひってうるさいのぉ。」と言いつつ、20年後の自分たちの姿とは気付かず、こっちもこっちで昔の思い出話に花が咲き過ぎて、最後の晩餐状態。

リーちゃんとユーさん、そして私。思い返してみれば、ケンカもしたり、励まし合ったり、働くことも遊ぶことも精いっぱいだったあの時。

スガキヤのスーちゃんTシャツを店のユニフォームにしようと、皆でスガキヤのラーメンを毎日食べてポイントを集めたら、リーちゃんだけメンズサイズをもらってきたり。

ある時は、スガキヤのポイントでゲットしたミニ冷蔵庫を店に取り付けたのに、ドアが壊れて開かなくなって中身が入ったまま捨てるという痛いめにあったのに、懲りずもう一度冷蔵庫を買ったり。

またある時は、入荷してきたニットを店員3人で買占め、店に置いてもないニットを全員で着て店に立ったり。

そしてまたある時は、競輪選手と合コンして賞金でおごってもらったこともあった。

そして、リーちゃんの結婚祝いを渡すと、「おたみには昔から本当に変なもんばっかり貰って来たからなー。」と言われ、そういえば…

リーちゃんの誕生日にはケーキに大きな大きな字で年齢を書いてプレゼントしたり、風水で幸運を招くという獅子舞みたいなありがた迷惑な置き物をプレゼントしたこともあった。

こうして振り返ってみると、今でも色あせない思い出がたくさん。楽しいことも悔しいことも、本当にたくさんの思いを分かち合ってきた。

大学生活のほんの一部だったアルバイトが、自分が生きてきた中でこんなに大きな宝物になっていくとは思いもしなかった。

センス、スタイル、女性としてのしなやかな品のある身振り、いつでもポジティブに明るい性格、結婚以外は本当に憧れの存在だったリーちゃんもいよいよ人妻。

お店を離れ、東京に行ってしまうのはとても寂しいけれど、待ちに待ったリーちゃんの幸せだから、本当に自分のことのように嬉しさがこみ上げる。

どうか、末永くお幸せに。どうか、出戻ってきませんように。

祈るばかりです。

こうして、大学時代にお世話になった方々や、大学時代の友人にも会い、第二の故郷を満喫した二日間。

たわいもない思い出話をするだけで、何だかとても充実した時間を過ごした気分になれるのは、心を許し合った人達だからこそ。

仕事や日々の生活への活力が沸いた、思いでめぐりの旅となりました。

癒しの旅、癒しの時、また会う日まで。

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2011年7月16日 (土)

さよならハンガー

ぶりぶりお久しぶり。

久々すぎてログインのパスワードを忘れかけておりましたが、なんとかここにたどり着きました。ふー。

久々のびさびさで、錆びた話で申し訳ないのでやんすが、それはそれはちっちぇー小話を。

私が大学入学と共に、雨の日も風の日も共に歩んできたコレ。P1100093_2 どこの家庭にもある物干しハンガー。

かれこれ10年来の付き合い。ついに別れの時がきました。

こうして振り返ってみると、一人暮らしを始めた大学入学当初から付き合ってきた、数々の家電や家具たちは、いつの間にやらあちらこちらへと巣立っていきました。

大学時代のワンルームに置いていたでっかいでっかいメタルラックは、就職先での一人暮らし部屋のあまりの狭さに邪魔になり大学卒業と同時に、マンションの自転車置き場で雨ざらしになった末、見ず知らずの友人の先輩とやらに受け渡されたり。

大学4年間で超超超汚くなったお気に入りのオレンジ色のじゅうたんも、大学卒業と同時にどこへやったかも記憶にない。

大して乗りこなせなかった自転車も、大学時代の友達の誰かのマンションのチャリ置き場に置き去りにし、行く末を知ることもありません。大きな字で名前と蟹のイラストを書き込んでありました。

大学4年間雨ざらしだった洗濯機は、一人暮らし6年目にして、スケルトン蓋付きの洗濯機で脱水の様子が見たいという、ただの興味本位で選手交代。洛西口氏の友人に受け渡されました。

そして、就職先での一人暮らしに連れて行ったパイプベットも、洛西口氏とルームシェアを始める際についに邪魔物となり、リサイクルショップ送りにしようとしたものの、クリーニング代が高くつくと言われ、渋々大阪市の粗大ごみに。夜な夜な外で解体ショーを開きました。

一人暮らし時代から使っていたテレビデオも、洛西口氏との共同生活により不要になり、義妹の友人に引きとられて行きました。

何度も何度も水を入れずに炊いてしまった炊飯器は、洛西口氏と住み始めて程なくして、米を炊いてる途中で息絶えました。享年7歳でした。

そして、この度ついに、家電でもなく金属でもないのに長年私のパンツと靴下を干してくれた物干しハンガーとも別れの時が訪れました。

だいぶ以前から、付属の洗濯バサミが錆びてパキパキと折れてしまう度に、バラの洗濯バサミと交換し、何度も何度も修復を繰り返しながら命をつないできた物干しハンガー。

今ではもう、もともと付いていた洗濯挟みは一つも残っていません。

それでも枠や軸はしっかりしていたので、なんとかここまで老体にムチを打ち、使いこんできましたが、ついに息絶えるときがやってきてしまいました。P1100095 竿にとりつける取っ手部分がポッキリ折れました。

一応、残った半分でも竿に引っ掛けることはできますが、そよ風が吹こうもんなら吹き飛ばされてしまうので、室内で使うにしてもサーカスの綱渡り状態。

最後に息の根を止めたのは、洛西口容疑者でした。せめて自分の手でその一生を終わらせてあげたかった。

物干しハンガーとは丸10年の付き合いでした。

私の一人暮らし開始と共に、多くの家具や家電と入隊してきたハンガー。同期の家電や大型家具達が次々と卒業していく中、プラスチックと針金だけでよくぞここまで生きながらえてくれた。

物干しハンガー、享年10歳で永眠です。

そして我が家でそろそろ寿命を迎え、卒業の時を待っている物。地デジまであと8日、洛西口氏が一人暮らしから持ってきたブラウン管テレビ。

しかし、そのテレビも地デジまで1ヶ月を目前に、いきなりモノクロになってしまうという原因不明の不治の病に侵され、昭和のテレビのようにドンドンバンバンたたきながら、心臓マッサージを施し何とかその命をつないでいますが、地デジを待たずして老衰の時を迎えそうです。

余命8日。

次なる断捨離の標的は、洛西口氏のボーリングの玉。夜中に表の道を転がして捨ててやりたいと思います。

ちなみに、Eろこ先輩が大学卒業時に譲ってくれた、おじゃる丸のシールが貼られた本棚はいまだピンピン現役です。

こうして長く私たちの生活を支えてきてくれた家具や家電。

これからも京都銀行より長ーーーーーーーーーいお付き合いをしていきたいと思います。

御覧の通り、きゃなりきゃなり気まぐれ更新のおたみ日和ですが、末永ーーーーーーーーーいお付き合いを、どうぞ宜しくお願い申し上げます!

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