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2010年2月28日 (日)

ケアンズ5 ~密輸~

この旅で一番時間を費やした場所、それは…

スーパーマーケット。

何せすべてが日本の業務スーパー以上のボリューム。スケール。そりゃみんなデカいはずだ。

Photo ピーマン。

Photo_2 マッシュルーム。

他にも肉やケーキ、アイス、パン…すべてがデカい。肉なんて食べつくすには日本人だったらギャル曽根でも半日、一般人で一か月はかかりそうな大きさ。すべてが日本ではありえないスケールで、ひとたびスーパーに入ると、2時間は遊べる。すべての棚を見終えて、レジを通る頃には、歩き疲れてヘトヘト。生活スタイルの違いが顕著に楽しめる、主婦の私にはパラダイスだった。

ケアンズ最終日。私たちは、ある密輸を試みた。

二日前のダイビング。帰りの船で船酔いし、食欲が無かった夕食。私たちはジェラートを食べた後、ホテルに戻りスーパーで買ったマンゴーを食べた。

日本で買ったら2000~3000円はするマンゴー。こちらケアンズではスーパーで200~300円で買うことができる。真夏のケアンズでは今が旬。このマンゴーの美味いこと!!甘くてジューシー。宮崎のマンゴーしか食べたことない、東国原知事にも教えてあげたい。

洛西口氏が言いだした。

「あのマンゴー、お土産に買って帰れないかなぁ。ここで買えば安いし。」

確かに。こんなにうまいマンゴーがこんなに安いなら、皆に食べさせたいし私たちもジャポンで食べたい。しかし、果物を飛行機の機内に持ち込んでイイのか否か…よく分からなかったが、

洛「買うだけ買ってみようぜ!ダメだったら空港に捨てて帰ればいいし。こうなりゃ、買えるだけ買ってやろうぜ!」

どんなヤケクソか分からないが、買えるだけ、買ってやることにした。

マンゴー密輸大作戦、実行だ!!

最終日夕方、スーパーに行き、マンゴー選定。どうせ日本に帰ってから食べる為、まだ熟れていない緑がかったマンゴーを3~4個買った。レジのおばちゃんには、

「マンゴーはお好きなの?私の田舎でもマンゴーを作ってるわ。このマンゴーはうちのじゃないけどねっ。ふふっ。」

らしきことを言われた。まさかこれを日本に持ち帰ろうと思ってるなんて、このおばちゃんは知る由もない。口が裂けても「へぇ、そうかい。このマンゴーは今から飛行機で日本に持ち帰るのさっ」とは言えない。

こうして、日本に着いたころには食べごろであろうマンゴーGET!!第一関門と突破し、絶好調の二人。スキップで夕食に向かった。

ケアンズ最後の晩餐。

最後に何を食べようか、かなり迷ったが、最後は外したくない。絶対に美味いもんを食べたい。そんな切なる願いから、前日に洛西口氏が白木屋と間違えたイタリアンへ。

前日のお会計で、店員さんに「See you later(さようなら。それじゃぁ、また!) 」

と、言われたので、また来てしまった。密輸用のマンゴーは盗難に合わないよう、かばんに入れ込んで敵からマンゴーの実を守り、着席。この日もまた指さし注文で前菜・牛肉のカルパッチョ、クリームパスタとトマトパスタ、デザートにチーズケーキを食べた。最高にうまかった。また来てよかった。

そして、確かあのジェラート屋の姉ちゃんも、昨日「See you later(さようなら。それじゃぁ、また!) 」と言っていたので、またジェラートを食べに行った。

”それじゃ、また”と言われた割に最終日、あの姉ちゃんは休みだった。会えなかった。姉ちゃんのシフトを確認したら、私たちがケアンズに来た3日前から毎日店にいたので、シフト上ローテーションを考えると、この日、姉ちゃんが休みでも仕方ない。しかし、やはりジェラートを食べた。結局毎日食べた。うますぎた。洛西口氏はフルーツ系、私は俄然ナッツ系。ジェラートはケアンズで一番美味かった。

さて、のんびりジェラートを食べている場合ではない。ホテルに戻り荷造りをして密輸の準備をしなければならない。

マンゴー密輸に向け、いそいそホテルに戻っていると、イタリア系おばちゃん集団に声を掛けられた。まずい。主婦のカンでマンゴー密輸疑われるのではないか…と、ビクビクしていたら、「スーパーはどこにありますか?」と、道を尋ねられた。

Oh!Yes!Yes!

ここケアンズに来て二日で市内の道を攻略していた私。その辺に関しては方向音痴の洛西口氏に比べて、出来がいい。言葉はGo to straight!(まっすぐ行ったらいいさっ)くらいしか喋れないので、運よく持ち歩いてたボールペンで地図に道しるべを書いてやった。

Grazie!(グラッツェ)Thank you!Thank you!

と、イタリア系オバタリアン(イバタリアン)に大感謝された私。そしてボールペンの先っちょさえ出てこなかった洛西口氏を横目に、こう行ってやった。

『ユオウェウクム』(you are welcome:どういたしまして)

遠く離れた異国の地で役に立ってしまった私。日本代表としてイバタリアンにスーパーまでの道を教えてあげた。それは豪州における日伊の架け橋となった。

最後の最後で人様の役に立ち、マンゴーの実を守り抜いて、無事ホテルに到着。さて、大切に持ち帰ってきたマンゴー。スーツケースは荷物がいっぱいで、中で潰れては困る。品質だけは確保して日本に持ち帰りたい。そんなワケでスーツケースに入らなかった着替え類に入れて手荷物として持ち帰ることにした。

このホテルともいよいよお別れ。少々寂しい気分でチェックアウトを済ませ、ロビーにて迎えを待った。いよいよマンゴーを空港まで運ぶ。目標の日本まであと少し!海の向こうだ!

夜11時、迎え到着。空港までの送迎バスで迎えにやってきたのは、覚えているだろいうか?あの、初日の市内観光でやたらテンションの高い日本人ガイドと一緒についてきた、”一言もポツリとも喋らず何の意味もない日本人ガイド(ギャンブル好き)”。

送迎ギャンブラーの運転で空港へ向かう途中、ギャンブラーが空港到着後の手続きについて説明してくれた。

『空港に着くと、機内への液体物持ち込み制限のため、ビニール袋が配られます。通常小太りのおばちゃんがいますので、その人からビニール袋をもらって下さい。通常小太りのおばちゃんがいますから。』

と、”通常小太りのおばちゃん”について念を押された。ギャンブラーから坦々と説明を受け、空港到着。

通常小太りよりやや小太りのおばちゃんがいた。少々肥えた様子。ビニール袋を貰った。

さて、マンゴーをようやく、ケアンズ空港まで持って帰ってきた。長かった密輸作戦もあと一息。もう、日本は目と鼻の先。ここさえクリアすれば、あとは日本に帰って、皮をむいて食べるのみ。

スーツケースを預けて飛行機のチケットをもらおうと並んでいるとき、ふと不安になった。もし手荷物検査でマンゴーが見つかったら”罰金”かも。念のため、このギャンブラーから、マンゴーの機内に持ち込みついて情報収集した。

勇気を出してギャンブラーに聞くと、答えは、「持ち込むことが出来ても、日本で入国できない。」

Oh! My Got!!!(オゥ マイガッ)密輸作戦大失敗!!!

ここまで何とか持ち運んできたマンゴーとも、ここでお別れ。日本に入れないのはマンゴーを食べられないことより少々困る。ショックは大きかったが、潔く諦めてマンゴーを置いて行くことに。

急遽、洛西口氏と”チーム密輸”解散議会を開き、マンゴーの行く末を議論した結果、捨てるのはもったいないので、ギャンブラーに託すことにした。

「あのー、マンゴー持ち帰ろうと思って買ってきたんですけど、日本に入国が出来ないのは困るので、もらっていただけませんか?」

通常ならこういった場合、「困ります!お客様。」と、違法行為として怒られるか、「お客様からの頂き物は禁じられておりますので。」と、二、三歩引かれるところだが、

「あらあらいいんですか?すいませ~ん。」

と漂々と喜んだ。案外嬉しそう。

その後、マンゴー片手にギャンブラーが出国までの面倒を見てくれた。出国用紙の記入方法や搭乗口の行き方など事細かに教えてくれた。ギャンブラーが日本語と同じ調子で坦々と英語を喋っている姿を見た洛西口氏は、

ギャンブラー⇒あいつ⇒あの人⇒ガイド⇒ガイドさん

と、中称名詞が変化し、「とってもイイ人だし、ガイドさん何かすげぇ」と尊敬さえしていた。マンゴーは密輸出来なかったが、この人が食べてくれるら買うだけ買って良かった。マンゴーの実になって考えてみたら、この人に食べてもらえるなら本望だ。ケアンズ最後の日本人がこの人で本当に良かった。

こうしてガイドさんに見送られ、現地時間、深夜1時半、ケアンズの夜空を飛び立った。

たぶん、この夜空の下には、あの真っ青な海と珊瑚の大群が広がっている…と、あのとき見た大自然を思い出すと、寂しさよりも充実した日々への満足感で胸がいっぱいになった。

また来ようね。

澄み切った夜空に星が光った。

ケアンズ…

それは、自然と人間の共存。人間が買いものをしたり、食事をしたり、日常生活を送る数歩先には野生のペリカンが飛んで来て虫をつまむ。行き届いたマナー。

自然が生きるために人が住む。

これが平和。

Photo_2 I Love Cairns heart

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2010年2月23日 (火)

ケアンズ4 ~住めば都~

ケアンズ4日目。

到着翌日の市内観光や、前日のダイビングを経て、ようやくこの旅行生活にも慣れてきた。

4日目、5日目は午前中から市内に出ては、15時か16時くらいにホテルに戻り、昼寝をして、また夕方より市内へ繰り出した。海外旅行という貴重な時間を贅沢に持て余した。そう、日本での週末のような生活を過ごした。

何せ、こちらケアンズは日本と真逆、カンカン照りの真夏。日差しが非常に強くて、そう長く外にはいられない。『寒い時に暖かいところへ行きたい!』と切に願った洛西口氏も、この紫外線の強さは想定の範囲外だったようだ。

行きの飛行機内で、レンタサイクルとかしてぶらーっと色々周ってみよう!なんて意気込んでいたが、この暑さじゃ補助輪がないと乗れない。借りることができても返しに行く気力と体力に自信がない。と、あっさり諦めがついた。

4日目の昼食、興味本位で回転寿司に入った。その名も『SUSHI-TRAIN』。ネーミングセンス抜群。

Photo_3 ←こちら、洛西口氏がわざわざ一眼レフのカメラで撮影した醤油皿。 『おいしい』って書いてある。

動物園では一眼レフのカメラを使いこなせず、檻にピントが合ってしまい、ほとんど主役の動物がぼやけてしまっていたのに対し、モデルが醤油皿となるとキレイにとれている。さすが醤油皿。生活になじみ深いものは写りが違う。

流れてきた寿司はがんこな寿司職人のこだわりからか、何でもアリの日本の回転寿司とは違い、エビ、サーモン、アボカドの繰り返しだが、普通に美味かった。握りはエビとサーモンのみ。巻きは海苔と具をご飯で巻き、アボカドのスライスが乗ったカリフォルニアロールや、細巻きの天ぷらという、一風変わった巻いてるのに賄い料理のような一品。

一見難しそうなカリフォルニアロールも、頑固そうな寿司職人が、眉間にシワを寄せ、難しそうな顔つきで、すでにご飯がぺラッとくっついた海苔で、海老天をくるくるっと巻いてアボカドを後乗せし、SUSHI-TRAINに乗っけて流している。巻き簾いらずの巻きずし。眉間にシワが寄るほどの職人技はこれっぽっちも持っていなかった。これなら、老後をどう生き延びようか迷っている父・健一でも出来そうだ。頑固さは誰にも負けていない。老後の再就職にケアンズの寿司職人を勧めてみよう。

夕方、昼寝後に市内をぶらぶらしていると、スコールが降った。雨が止むと、なんだか空が騒がしい。見上げてみると、空一面コウモリの大群。繁華街の頭上をびゅんびゅんコウモリが飛んでいる。しかもデカイ。日本のカラスくらい。思わずコウモリの大群を何回も動画で撮影した。オーストラリアは動物園のナイトサファリが有名らしいが、ここに居ればナイトサファリいらず、野生のコウモリがうんざりするほど見える。

4日目の夕食。一昨日のシーフードディナーでクソ高いのにクソまずいシーフードを食べて大失敗を犯した私たち。あれ以来少々冷静になり、よくよく考えたら、オーストラリア料理なんて無いワケで、シーフードやオージービーフとか国産の食材が豊富なだけ。シーフードだって日本には三重県が誇る伊勢海老があるし、オージービーフもわざわざ食べなくても、こっちには天下無敵の黒毛和牛、我らが誇る飛騨牛がある。

だったら、そんなもんにだまされず食べたいもの食べよーぜ!ってワケで、イタリアンに決定。

ガイドブックを頼りに、地元の人も多く通うという、ケアンズ中心街に店を構えるイタリアン。日本語のメニューは置いてあるが、日本語を喋れるスタッフがいないため、指さし注文。

前菜、サラダ、オイル系パスタ、トマト系パスタ…どれを食べてもホントに美味い。あの激マズシーフードと比べたら天と地。あのシーフードなんて残飯さながら、肥料にもならない。パスタは手打ちなのかモチモチしてるし、マッシュルームやエビなど食材の味が濃厚で美味い。

激うまパスタに大興奮の私たち。地球に生まれてよかったー!と、エアーズロックの上にでも登って叫びたい気分だった。そして、デザートを注文することに。メニューをもらい、注文しようとすると、

『あ、すいませーん!』

と、流暢な日本語で手を挙げる洛西口氏。ここは日本語を使えるスタッフがいないのに、何のためらいもなく日本語で呼び止めた。美味料理でリラックスしすぎたのか、白木屋と間違えたようだ。

行きの飛行機であれだけ、『怖いくらい通じるカタカナ英語の法則』という本を熟読し、ケアンズについてからも、スムーズに英語が出てこないを自分自身に苛立ち、何とか英語で会話をしたいと切に願ってきた洛西口氏。

ここぞという時に、『エクスキューズミー』(excuse me:あ、すいませーん)のエの字も出なかった。初めから、必要無さそうな『ユオウェウクム』(you are welcome:どういたしまして)ばかり、練習してきた結果、誰からも感謝されることなく、ここが日本の居酒屋と勘違いし、何のためらいもなく「怖いくらい通じないひらがな日本語」で話しかけた。

Photo堂々たる日本語で注文したティラミス。ボリューム・味共に満点。気分は白木屋だが、味はイタリアーノ。一口食べれば君もちょいワル。

夕食の帰り道、この日もまた、かわいい姉ちゃんがいるジェラート屋に寄った。かわいい姉ちゃんに会いに行ったついでに ジェラートを食べた。

いやぁ、食った食った。と下腹をさすりながらホテルに戻ってきた私たち。先ほど流暢な日本語で「あ、すいませ~ん」と言った洛西口氏を散々バカにしながら帰ってきた。「『あ、すいませーん』て、焼き鳥でも出て来んのかよ!馴染みすぎやし。」と酒も飲んでないのに酔っ払いの如く、大爆笑。ご機嫌で帰ってきた私、部屋を開けようとすると、

手には何故か自宅マンションの鍵。間違って家の鍵を取りだした。しかもホテルはカードキーなので、うちのギザギザの鍵じゃ鍵穴が合わない。

ケアンズに来てたった4日。南国の陽気な風にあおられて、居心地がよくなってしまった二人。早くも、ここでの生活に慣れ親しんだ。日本語は出るし、家の鍵も出る。それは正に自然体。外国に来ている緊張感なんぞこれっぽっちもない。

ここはどこ?

ここはケアンズ。

住めば都。されど都。

次回、いよいよケアンズ最終日!!洛西口氏は果たして感謝される程役に立つのか否か…!?

つづく…

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2010年2月18日 (木)

ケアンズ3 ~グレート・バリアリーフ~

Greenisland9 ケアンズ3日目。

この旅最大のイベント。

グレートアドベンチャーで行く!グリーン島&アウターリーフ1日ツアーyachtwave

さてさて、この旅行を申し込んだとき、何かとオプショナルツアーがついておりましたが、『南国でダラーっと贅沢に過ごしたい!』と、ボンビー洛西口たっての希望により、元々のプランにくっついていたツアーをざっくりお断りし、申し込んだのがこちらのグレートバリアリーフ一日ツアー。しかも今回は人生初のスキューバダイビングも申し込んだ。

補足:『グレートバリアリーフ』…オーストラリア北東岸に延々2000km以上にも渡って連なる巨大なサンゴ礁地帯。ケアンズご自慢の世界遺産。

私のことをよくご存じの方からしたら、私が海で泳ぐことだけでもかなり意外だろう。私だって自分で意外とアクティブなことできるんだなーって思ったよ。しかもダイビングなんて私の猫背の頼りない体と、運動音痴を知っている人なら、ダイビングの”ダ”の字も無縁とお思いだろう。私もそう思う。

朝7時半、ホテルを出発し、8時半に大型クルーズ、グレートアドベンシャーズ号でケアンズを出航。連日の寝不足のため、この船の旅に耐えられるか不安たっぷりの健康状態。しかも、私はこのツアーで幾つもの難題が降りかかった。

船に乗り、グリーン島まで1時間。今日は体験(スキューバ)ダイビングを予約していたので、ダイビングの日本人インストラクターが問診書を持ってきた。

スキューバダイビングは何せ危険と隣り合わせ。健康状態が大きく左右するため、問診書には嘘偽りなく答えなければならない。事細かな問診に答え、命への一切の保証がないことを同意し、サインした。

この問診で私は、幼いころの持病がドクターチェックにひっかかった。インストラクターには「ケアンズのダイビングのドクターチェックはとくに厳しいため、最悪の場合、ダイビングには参加できない可能性があります。」と告げられた。チャラリーン…鼻から牛乳(;;;´Д`)

さらに、水圧や気圧に左耳が弱いこともあり、夢のダイビングへいきなり大きな壁が立ちはだかった。

Photo グリーン島到着。

真っ青な海と空。白い砂浜、生い茂る熱帯樹林、色とりどりの鳥たちが出迎えてくれた。

グリーン島到着後、私はドクターチェックにかかり、ダイビングに行けるか否か分からないままインストラクターからダイビングの説明と注意事項を聞いた。『あーどうせ聞いてもダイビング行けるかわかんないのになぁ…』と、心の中で呟きながら、耳抜きの方法やサインの出し方、呼吸の仕方やマスクやボンベの装着方法を習った。もし、ダイビング行けなかったら、ここで聞いた話も無駄になる。

…と、不安にかられながらインストラクターの話を聞き終わると、ドクターチェックの結果が。

インストラクターとがっちり固い握手を交わした。これで私も潜れる!!行くぜ!猫背!

ダイビングのポイントに移動するまで約1時間。使いこなせないシュノーケリングで鼻を詰まらせたり、グリーン島内をぐるっと回ってあちらこちらで写真を撮ったり、潜ってもどこから見ても海は真っ青。美しすぎる。

Photo 一時間後、ダイビングポイントに向かって猫背出航。

フェリーに乗って約1時間。アウターリーフ(グレートバリアリーフ沖合のサンゴ礁)に設置されたポントゥーン(固定型浮き桟橋)に到着。洛西口氏は若干船酔い。あたしは、寝不足からヨダレ垂らして爆睡。

ポントゥーン到着後すぐにダイビングのインストラクターと共にダイビングの準備。ウェットスーツと足ヒレを装着。石のついたベルト、マスクを着用し、重い重いボンベを背負った。これがかなり重くて、今にも後ろにひっくり返りそうな重さ。箸より重いものを持ったことないあたくしには、どんなプレッシャーより重かった。

まずは水に浸かって呼吸と耳抜き、サインの練習。ここでまたもや猫背、問題発生!

呼吸は、マスクを着用し鼻がふさがれている為、ボンベの酸素を吸って口のみで呼吸をしなければならない。しかし、あたしゃどうしても、口と鼻で空気を吸ってしまうため、マスクに入ったわずかな水を吸ってしまい、呼吸困難に。鼻が痛い。洛西口氏や他の体験ダイバーがどんどん練習を進めていくのに、私だけ放課後の居残りのように、インストラクターとマンツーマンで呼吸の練習をした。

次に耳抜き。あたし、飛行機乗ってるときからいつも左耳だけ抜けにくくって。案の定、他の体験ダイバーよりスムーズにいかず、深く潜っていっても抜けた感触がない。しかし、とくに耳が痛くなかったので、一か八かダイビングに繰り出すことに。

体験ダイビングはインストラクターを真ん中に4人の体験ダイバーが腕を組んで潜る。呼吸も耳抜きも何が何だか少々パニック状態でどんどん沈んでいく。そんな私にはいっさいお構いなし。隣の洛西口氏は防水カバーをしたデジカメで写真に撮るので必死。しかし…

カラフルな魚や壮大なサンゴ。さっきまで呼吸ができなかったことなんて、すべて忘れてしまうくらいの大自然が宇宙の如く広がっていた。

Photo たんこぶの大きなナポレオンフィッシュ。

Photo_2世界的アイドル”ニモ”こと、クマノミ。

他にも、色とりどりの魚やサンゴの群れに、ただただ感動した。

こうして、30分間水中10mの体験ダイビングを終え、無事地上に帰還。海中に潜っていったのに、宇宙に飛び立ったような気分だった。

海中より帰還後、残りの時間はシュノーケリングも楽しむことができたが、ダイビングの疲れと、海中という宇宙の素晴らしさに感動し、満足しきった私たちはポントゥーンの上で日光に照らされながら優雅にビュッフェランチをいただきましたこと。

帰りの船内。船頭のインストラクターのもとへ集合し、先ほどのダイビングをの様子をDVD観賞。猫背ははいったいどんな姿で泳いでいたのか…

そこに映っていたのは、バタ足一つせず、両脇をインストラクターと洛西口氏に抱えられ、介護のように沈んでいく私。まるで泳いでいない。グレートバリアリーフでバリアフリー。体は一切動いていないのに、ちゃっかりカメラマンに手を振る猫背。予想以上に出来ていなかった。

自分の介護ダイビングの姿に爆笑していると、隣の洛西口氏が船酔いでインストラクターから氷を貰い、介護されだした。あらあら…と哀れに思っていると、映像に見入っていた猫背、なんだかしんどい。声が出ない。乗り物には強いはずのあたし、やっとの思いで洛西口氏に声をかけると、

『わぁ!おたみちゃん、顔真っ青!!』

びっくりしてる場合じゃない。船頭、上下30度の強い揺れには勝てなかった。またもやインストラクターの世話になり、船内後方に行き、氷をもらって遠くの水平線を眺めた。こんな船酔いまで面倒見てくれるなんて、インストラクターには耳抜きから船酔いまで世話になりっぱなしだ。トホホのホ。

途中、客室から外に出て温かい風を浴びた。雲の合間からまっすぐに差す無数の光の美しきこと。大きな海と空に囲まれ、船酔いもいつの間にかこの温かな風に飛ばされていった。

ケアンズ市内、到着。

ドクターチェックから始まり、船酔いも乗り越え、命からがら帰還した私たち。船を降りると、こんな大迷惑な体験ダイバーにも、小麦色の肌、真っ白な歯をのぞかせて爽やかに握手をしてくれたインストラクター。たぶん、この握手は『無事の帰還、何より。』とのメッセージがこめられているはず。

夜、船酔いで食欲はなかったが、あの可愛い姉ちゃんがいるジェラードを食べたら元気が出た。

長い長い一日が終わった。

地上がどんなにちっぽけな世界なのか。私たちはどんな狭い世界に生きてきたのか。ほんの30分水中10mほどの深さで、こんな別世界が広がっているとは…地球の不思議を目の当たりにした。

グレートバリアリーフ、もう一度行きたい海中宇宙。(次こそは自分のバタ足で。)

つづく…

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2010年2月11日 (木)

ケアンズ2 ~市内観光~

てんやわんやのフライトだったが無事、ケアンズに到着。

機内で私たちは本を読んだり、滝のようによだれ流して爆睡したり…洛西口氏は機内やホテル到着後も今更の追い込みで『怖いくらい通じるカタカナ英語の法則』という本を読んでいた。

だいたい、そんな本読むのが遅すぎる。得意げに「日本人はRとLの発音が区別できない」とか本で読んだ知識をそのまま、やたら教えてくれたり、ひたすら

『ユオウェウクム』(you are welcome:どういたしまして)

と、練習していたが、だいたい英語がまったく喋れない私たちがこの国で、『ユオウェウクム(どういたしまして)』と、誰かから感謝されるほど役に立つことは無いと思う。むしろ、

『エクスキューズミー』(excuse me:あ、すいませーん)

と練習しておいた方が何かと役に立つだろう。こうして、ケアンズに到着し一日目の夜が明けた。

ケアンズ2日目。朝から市内観光。

やたらテンションの高い日本人ガイドと、一言もポツリとも喋らず何の意味もない日本人ガイドが迎えに来て、市内観光へ案内してくれた。

まず初めに動物園へ。口をセロテープで巻かれた小ワニやコアラを抱っこして記念撮影。コアラはユーカリを食べさせて餌付けもしたが、夜行性の為、朝からユーカリは胃に重いらしく一口も食べなかった。一緒に記念撮影したコアラも眠さのあまり瞳孔が開ききっており、コアラのマーチのような弾けた笑顔と愛くるしさはどこにも感じられなかった。

他にはウォンバットやレッサーパンダ、ワラビーやカンガルー。どれも夜行性でほとんど寝ていた為、動物の活発な動きや迫力はまったくなかった。カンガルーの餌付けもしたが、申し訳程度に気を遣って食べてくれた。

そして、動物園一押しのバードショー。やたらテンションの高いお兄さんがでてきて、特に大した芸もしない大型の鳥が何種類か、飼育員の腕に飛んできては去って行った。ショーの7割はテンションの高い飼育員のトーク。もちろん英語なので、おもしろそうな時は周りの客に合わせて笑っておいた。

しかし日差しが強くて暑い。この国の動物たちが夜行性になるのも無理はない。こんなに暑かったらヒト科黄色人種の私たちも動きたくなくなる。瞳孔が開いていたコアラには朝から動かして申し訳ないことをした。

動物園の次にパームコーブというビーチ。砂浜が綺麗でさわやか。

ビーチ滞在後は車内から野生のカンガルーを眺めたり、バンジージャンプ見学、熱帯植物園見学。熱帯植物園は、色鮮やかな大きな花や葉っぱ、寄生でも共生でもない胞子だけで育つ植物など珍しい植物をたくさん見たが、私は大量の蚊に刺され、蚊に刺されだけは日本と変わらない。

こうしてやたらテンションの高い日本人ガイドと、一言もポツリとも喋らず何の意味もない日本人ガイドに案内され市内観光ツアーが終わった。ちなみに、一言もポツリとも喋らず何の意味もない日本人ガイドはギャンブルが好きだという情報だけ得た。

午前中の市内観光を終え、薬局でジェスチャだけで虫さされ薬を購入し、ホテルに戻った。午後からは自分たちの力で中心街を周ることに。

まず、今回の旅でしてみたかったこと。『AIR MAIL』。

郵便局に行き、ケアンズにいる色とりどりの鳥や魚、海の写真がプリントされたハガキを購入し、その場で書いて、遠く離れた異国の地より、『無事届きますように!』と願かけてポストに投入。エアメールと私たち。どっちが先に日本に着くか勝負だ!

そして市内をぶらぶらしたが、どうぢても暑くて暑くてたまらない。イタリア系移民が多いこの街にはジェラード屋さんがたくさんあるので、名物ジェラードを購入。しかもジェラード屋さんのお姉ちゃんがガバ可愛い。ジェラードは味も濃厚で最高にうまい!が、この暑さ故、買って早々、滝のように溶けて行った。

ケアンズに来て初めての夕食。まぁ最初だしパーっと豪華にいっとくか!と旅行会社にシーフード専門店『カニーズ』という何ともうさん臭い店を予約してもらった。一人前AS$75(\7000)のコース。名前は怪しいが、ガイドブックにたくさん載っており、旅行会社もオススメだったのでここに。

初めにスープとドリンク。ボリュームもあり、かなり美味かった。次に前菜、ワニ肉&カンガルー肉&サーモン。ワニは鶏のささ身のような食感で少々獣臭い。カンガルーは牛肉みたい。サーモンはさすがにうまい。

Photo_2 そしてメインにロブスターやマッドクラブ(でかいカニ)、生ガキが登場。

これが最高にまずかった。この旅一番の贅沢にして一番まずかった。牡蠣は臭いし、ロブスターやマッドクラブはパッサパサ。タイ米も乗っけられてて、救いようがないまずさ。これなら、先日ボンビー旅行で食べた天橋立のカニの方が何億倍いや、何兆倍…国の国家予算すべてをかけても美味い。最後のデザートのアイスに至っては、トイレの芳香剤の味がした。

大損をこいた私たち。

これじゃぁ腹の虫が納まらん。帰り道にケーキを食べて胃袋には『今日はこんなもんで簡便してくれ。頼む。』と言い聞かせてホテルに戻った。

一日で酸いも甘いも経験し、海外ならではのぼったくりにも遭遇して、ケアンズ2日目を終えた。

つづく…

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ケアンズ1 ~出国~

Photo 新婚旅行 in オーストレィリア

2年越しの新婚旅行。今更。

父には『お前、いったい何回新婚旅行行くんだよ?オーストラリアまでは何駅あるんや?』

と、温かいお言葉で見送られ、ようやく幾度と繰り返された新婚旅行、初の飛行機の旅。ようやく大空を飛べました。地球は青かった。

なんでオーストレィリアかって?話せば長いねんけんどなぁ。えーっと…

ハワイに決めようと旅行会社に予約行って待ってたら、海のキレイな写真のパンフを洛西口氏が引っこ抜いてきて、『いやぁ、こいつぁきれいだ』と、パンフをめくるとオーストレィリア・ケアンズだったわけで、ハワイと値段も変わらないし、海もきれい!ワイハーは年とってからでも金さえありゃ行けそうだけど、今を楽しむなら…そんな流れで、ケアンズに即決。

洛西口氏にしては珍しくお手柄だ。結婚当初のあんたの収入じゃ姫路が精いっぱいの遠出だったのに、ここまで行けると思ってなかったよ。洛くん。ようやく人並みに追いついたんだね。あたしたち。そんなワケで行ってきました!

~コンチネンタル航空で行く、ケアンズ5泊6日の旅~

出発当日。朝5時半起床。6時半出発。

私は3度目の海外旅行。洛西口氏は初めての海外。しかも洛西口氏におかれましては、飛行機3度目という何とも頼りない実績。出発当日、不安でいっぱいの中、関西空港に到着、キビキビと出国手続きを済ませ、搭乗。

この日、何が不安だったかって、グアム経由でケアンズに行くため、グアムで飛行機の乗り換えをしなければならなかった。私は過去の海外旅行で乗り換えの経験がなく、洛西口氏におかれましては、過去2回のフライトは伊丹空港から新潟まで30分ほどしか乗っておらず、乗り換えなんぞ論外。たぶん人生において乗り物の乗り換えなんて、阪急から大阪市営地下鉄くらいの経験しかないだろう。

海外不慣れな私たちだけで乗り換えなんてうまくいくのだろうか??色々不安だったので、出国前にグアム空港の情報を収集したり、乗り換え手順を旅行会社に確認した。あとは旅行会社からもらった日程表を頼りに、搭乗便と搭乗時間を確認。

午前11時、関西空港発、午後2時グアム到着。

グアムでは乗り継ぎの為でも、一度入国審査を受けなければならない。日本からの便がいくつもかぶってグアムに到着したため、入国審査はかなり混雑し、入国審査だけで2時間もかかった。

日程表によると、グアムでの滞在時間は4時間。グアムには予定時間よりもかなり早く着いたが、入国審査でかなり時間を取られたので、残り3時間。乗り継ぎ便は夜遅くなるので、機内食は出ないと思い、グアムで夕食を取ることにした。

グアム空港は非常に小さく、免税店とフードコートしかない。分かりやすく例えると、岐阜駅くらいの大きさだ。フードコートにはシアトルズベストコーヒーやバーガーキング、うどん屋『てんてこ舞』という何とも陽気な店が軒を連ねた。『てんてこ舞』は名前からして忙しそうなので、気を遣ってバーガーキングでハンバーガーとドリンクMサイズ(日本のLL)を注文。

のんびり夕食を済ませると、夕方6時、フードコートのすべての店が閉まった。さすがグアム。やる気なし。てんてこ舞もきっちりシャッターが閉まった。店が閉まってしまうと暇になり、搭乗まであと1時間くらいあるが、搭乗口に行ってのんびり待つか…と、いうことになり、12番ゲートへ。

すると、何故かすでに搭乗が始まっているではないか。あと一時間もあるのにもう乗っていいの?またまた『てんてこ舞』並みのグアム特有のジョークかと思い、搭乗口の時計を見ると、出発まであと15分!!!!!

????よくよく考えたら、グアム到着が予定よりも早かったり、搭乗時間が1時間も早かったり…どうもおかしい。よく考えたら、この日程表は現地時間で書かれていることに気付いた。グアムと日本の時差はちょうど1時間。おかしいワケだ。時差を考えたら、出発まであと15分でもおかしくない。というか、あたしたちが間違っててグアムが正しい。てんてこ舞も夜7時閉店だった。

出発早々、危うく乗り継ぎに失敗しそうになった私たち。あれだけ、グアムの空港の情報を収集し、旅行会社に何度も確認したのに、時差には敵わなかった。

無事、機内に乗り込み、いよいよケアンズに向けて出発。日本の空港で、飛行機を誘導する整備士はヘルメットにツナギ、蛍光ベストと重装備だが、グアムはバンダナ、短パン工事現場の警備員よりも軽装備な整備士に誘導され、飛び立った。

ケアンズまでは4時間半。途中、機内食が出された。さっきまで時差を考慮せず、時間を持て余してバーガーキング食べてたのでお腹は空いていなかったが、出されたので食べた。

現地時間、深夜0時半。ケアンズ到着。12時間以上にも及ぶ長い長い旅。遠く離れた異国に、ようやくたどり着いた。

現在雨期に入っているケアンズ。到着時の気温28℃、湿度80%。

暑い暑い南国にやってきた。

つづく…

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