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2009年7月12日 (日)

みち

ひーおばあちゃんが亡くなった。

102歳。大往生。

老衰。

大好きだった、ひーばぁちゃん。

しわしわのおてて。薪割りや畑仕事でごつごつして、しわだらけの優しいおてての温もりが忘れられない。

優しく垂れ下った笑いじわ。分厚い眼鏡の向こうの小さなおめめを垂れ下げて、いつも頭をなでて微笑んでくれた。この27年間の短い人生を振り返れば、言い尽くせないほどの思い出があふれ返ってくる。

ひーばーちゃんとの最後のお別れ…それはそれは、しめやかに厳かに執り行われた。

私と洛西口氏は京都から車をすっ飛ばして、マックのドライブスルー片手に昼食をとりながら岐阜の故郷へ。私の兄弟や従兄弟も東京・名古屋・三重から、大集結。とにもかくにも、まずひーばーちゃんの遺体に会わねば!お通夜の前にひーばーちゃんのご遺体が眠る自宅へ駆けつけた。

ひーばーちゃんの眠る自宅には、たくさんの親戚や近所の人たちが駆け付け、どんなに悲しく、つらい別れを惜しんでいることやら…と、私たちひ孫一同、真剣な面持ちで自宅に入ると…

大漁のじじばばが飲めや食えやで、郷料理、朴葉寿司片手に宴会ばりに盛り上がってお食事中。

『あらー!!おたみちゃん。久し振り^^こりゃ旦那かよぉ~なかなか男前や!!』

誰が誰だかさっぱり分からない顔ぶれに引っ張りだこ。男前とお世辞を言われて、慣れない言葉に戸惑う洛西口氏。あれよあれよと、知らない親戚たちにもまれながら、ひ孫揃ってちーんと、16時早めの夕食。

先ほどの宴会ムードから切り替えの早い親族親戚・ご近所御一同様。19時には、しめやかに真剣な面持ちでお通夜に参列。しっかりお経を挙げて、お通夜を締めくくった。

お通夜が終わると、葬儀場の食堂でオードブルとお酒が振る舞われた。…いったいさっきの早めの夕食って何だったんだ。ここでも、切り替えの早い親族親戚・ご近所御一同様は飲めや食えやで大盛り上がり。

先ほど、お通夜で号泣して翌朝の棺の見張り当番をかって出た姉も、『明日、6時に棺見に行く?』と聞くと『えーどうしよ。眠いしなぁ。朝はやいしなぁ。』と、場の雰囲気に呑まれまくり。そして、葬儀委員長から、

『皆様、大変申し訳ございませんが、親族は疲れもありますので、この辺で御開きとして親族から送迎バスで先に帰らせて頂きます。』

と、御開きが言い渡され、ひーばーちゃんの自宅戻った。すると、そこはそこで宴会が始まった。どこも疲れを感じさせない親戚。私たちも大好きな和菓子屋さんの葬式饅頭を頬張り別バラを満喫。洛西口氏も、一口呑んでは注がれ、ハイピッチ。明日葬式という雰囲気は一切ない。坊さんの痛風話肴に呑むだけ呑んで、さっさと帰る。台風のような親戚。

翌朝、7時朝食。8時までにひーばーちゃん宅へ行かなければならないらしく、母にかなり焦らされて、飯をかけ込んだ。

ひーばーちゃん宅に着くと、お茶を出され、『ゆっくりしてって~』とくつろぎムード。いったい何の為に急がされたのか…皆これから葬式だっつうのに、不謹慎にも洛西口氏のi-phonの木魚ゲームが、母を筆頭に田舎のジジババに大人気。こんなに急いで来たのに、しばし木魚ゲームで盛り上がり、いざ葬儀場へ。

これより葬儀場で、葬儀開始まで一時間半、コーヒータイム。いったい、何のために急いでここまで来たんだ。

長い長い茶ータイムを乗り越え、ようやく開式。さすがに102歳ともなると同級生はいないので、昨夜と同じ顔ぶれだが、相変わらず誰が誰だかワケワカメ。棺を運ぶため、兄と従兄弟の3兄弟は白い三角巾と襷、わらじを履くと、祭壇の前でピースで記念撮影。

そんな不謹慎な奴らにばーちゃんの棺は運び出され、火葬場へ。最後のお見送り。あーこれで本当に会えないんだなぁ。あたい、火葬場が一番嫌い。だって、熱いんでしょ?なんだかかわいそうで。

火葬が終わるまで再び葬儀場に戻り、午前11時、早めの昼食兼飲み会。何かと焦らされる。腹も減らねぇ。

火葬が終わったら、お骨を自宅に持ち帰り、お経を挙げることに。何かとグダグダの親戚一同。ここで問題発生。お経を挙げる予定だった村民が見当たらない。大騒ぎ。

(こんなにジジババしかいないのに、自信持って人前でお経を読める奴が一人もいないなんて。)

お経をあげる村民は、親戚でも何でもない、ただのご近所さんなので葬式が終わると、朴の葉を採りに山へ行っていた。朴の葉採りを中断させられ、お経が読めない一家に呼び戻された村民。余裕のノーヘル原付で乗り付けてきた。

その勢いでさっそく勢いよく、チーンと鐘をならすと、数珠がないと立ち上がりウエストポーチから取り出した。お経一つにあんだけ大騒ぎして、村民を呼び戻したのに、いざ皆で読み始めると呼吸が揃わず、ばらばらぐだぐだのお経。あたしの後方に座る父健一も、笑いが止まらず、お経が読めなくなる。健一、脱落。次々と脱落者が出たが、無事お骨を仏壇に納めた。

何かとグダグダではあったが、最後は地元の葬式名物団子投げ。何でも、悲しいことは団子投げでもして忘れましょう!って意味らしい。そんなことしなくても、十分めでたい葬式だったと思うけど、皆これをしないと締めくくれないんだってさ。

頭上を飛ぶ菓子、饅頭。みかん、メロン、パイナップル…もはや、団子投げの域を超え、ヨーロッパの祭りムード。

そして、最後はオードブル囲んで大宴会。午後2時。いったい、午前11時の早めの昼食ってなんだったんだ。相変わらず、知らないジジババに囲まれて、食う食う。

いったい何回飯を食えばいいんだ?いったい誰が誰なんだ。いったい、とみ子は何人いるんだ?

こんなに何度も飯を共にして、結局大したチームワークも発揮できず、終始めでたいお葬式をあげてしまった親族。ひーばーちゃんもきっとこんなお葬式を見て、空から腹を抱えて笑ってるに違いない。

いつもいつも、皆を笑顔にしてくれたひーばーちゃん。

その心の大きさ、広さがあればこそ、空は梅雨知らず、真っ青に晴れて、皆の表情も爽やかに優しく笑ってる。

皆を笑顔にして眠れること。それは、一世紀生きた人の歴史。

80年後まで、おやすみなさい。

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