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2008年5月11日 (日)

ピンポン

GW、いかがお過ごしでしたか?

あたくしは実家、下呂温泉に帰っての~んびりして参りました。

今年は皆様ご存知の通り、飛び休だったのであまり大型にならなかった方も多いとは思いますが、29日からざっくりお休みでした。そんな中型GW中に、中学時代の卓球友達でダブルス相棒の金山娘から連絡が。。。

『今週、おたみちゃんの中学校に卓球しに行くから、おたみちゃんも一緒にどう?』

何でも、彼女の小学校三年生の時の担任の先生が、現在私の母校の校長先生らしく、縁あって我が母校の卓球部にお邪魔することになったとかなってないとかって話。そんなワケで帰郷を一日早めて久々の母校に久々の卓球をしに行ったワケです。

実家に帰ると兄夫妻が先に帰郷しており、兄もまた最近卓球にハマっているらしく、実家に帰っても奥さんそっちのけでピンポン道楽を歩んでいた。今回の金山娘との卓球話も一度はオススメしたが、さすがにこんなに奥さんを放ったらかしと聞いたら今回の話は諦めてくれと説得した。一度は納得したようだったが、私が卓球に行く準備をしていると「おたみ、行くぞ!」と説得の甲斐なくジャージで登場。私よりやる気満々。

渋々兄を連れて久々の母校へ。校長先生自ら卓球部の顧問につくなんて何て熱血教師なんだ…と思っていると、目の前に現れた校長は同じご町内のおっちゃん。誰かなんて聞いたこっちゃない。話は早い。兄も私も昔から知っている。

金山娘も合流し、しばし校長室にてご雑談。中学時代、校長室なんて警察から表彰されるか警察に捕まるくらいの事態でもないと入れなかったのに、ちょっと卓球しにいっただけで簡単に入れてしまった。

いやぁ、実に懐かしい。中学生は私たちがどこの誰とも知りゃぁせんのに『こんにちはぁ!』と、あちらこちらから挨拶してくれる。兄なんて『さすが俺の後輩、よく教育が行き届いとる。うむ。』と自分の後輩の礼儀正しさに満足げな様子。

そして部活動開始。私も兄と金山娘と久々に卓球をする。っていうか私、まともに卓球するのは3~4年ぶりけつ。まずは動けるのかどうかさえ心配。あたし、今日は初心者の一年生と素振りの練習でいいわ。と、思っていると校長先生から、

『三人には生徒と試合をしていってもらいます。3セット先取で1セット終わる毎に、生徒にアドバイスをしていって下さい。』

…試合?こんな何の運動もしていない、毎日食っちゃ寝ぇ食っちゃ寝ぇしてる私に試合は愚か、アドバイスなんぞ、こっちが中学生からアドバイスをしてもらいたいくらいよ。

致し方なく、試合開始。私の隣の台では兄、そのさらに隣では金山娘がポコスカに中学生を破っていく。二人はアドバイスも余裕でしながら軽くストレートで3セットを奪い、次々と生徒が交代していく。立て続けに試合をひたすらしているのに衰えるところを知らない。一方私は…

アドバイスをするどころか、試合に勝つのも必死。まったく相手の弱点なんて見えてない。自分に必死。生徒がどんどん入れ替わる二人に対して、私はフルセットの末やっと一人に打ち勝った。「アドバイスお願いします!」と言われるものの、まったく相手のプレーになんて見ていない。適当に「もっと早く自分から攻めた方がいいと思います。」なんて無難な言葉で切り抜けた。一試合しただけでヘトヘトな私はその後もかなりの苦戦を強いられ、

『先生、もっと弱い子と試合させて下さい。』

と、直談判。結局、2勝1敗。3~4年ぶりにしてはよくやった方だ。と自分で自分を褒めてあげたい。たぶん、他の二人の半分も試合してないけど。。。

部活のあとはずぅずぅしく校長室でコーヒーをごちそうになって、金山娘をつれて我が家へ帰った。今日は久々の再会を祝って、質素な食事でささやかな晩餐会を開いた。

懐かしすぎて思い出話がぽんぽん出てくる。二人で散々試合をした話、ダブルスを組んで試合に出たが相手が棄権して予選通過した話、夏休みの合宿に金山娘が宿題を持ってきて二人で焦って宿題をしたこと。(ちなみに先日金山娘が実家で部屋の整理をしていたら中学時代の私からの手紙が出てきて「金山娘ちゃん、合宿に自分の宿題もってきてやらせるのはもぅやめてね!」と断りの一言が書いてあったらしい)

よくも毎日あんなに練習して試合に行ったもんだ。週7日卓球してたよ。この日は久々にダブルス組んで中学生と試合してみたかったなぁ…と、色んな思い出話に花が咲いて盛り上がっていると、金山娘から話をしめくくるにふさわしい一言が。

『私たちさぁ、ダブルス組んでたけどあんまり勝った記憶ないよねぇ^^』

試合終了!!!そぅ、予選でシードかかってたけど、相手チームが棄権して試合せずに予選通過したり、県大会行ってみたけど、日本でベスト4に入るような高校生に当たってしまいポコスカにやられたり。そうそう、そういえばあんまり勝った記憶ない。彼女はなかなか冷静に覚えてる。それでもこうして昔のことを懐かしめる友人がいるってのは幸せなコトよ。

金山娘とは、今まで一度も同じ学校に通ったことはない。だけど彼女は中学校時代、一番の友達。私は中学三年間、卓球を頑張れたのは彼女がいたから。

私が中学一年生のとき、ダントツ強いライバル同士の三年生の先輩が二人いた。その二人は益田郡大会で決勝で争い、その上の飛騨地区の大会でもまた決勝で争い、二人はその地域一帯で絶対的な強さを誇っていた。そのころその二人に次いですでに強かったのは金山娘。断然あの子の方が強いけど私と同級生。先輩二人の決勝戦を郡大会、地区大会と見た私は、ゆくゆく同級生の金山娘と決勝戦を2大会することが目標となった。そんな密かな目標を胸に、練習に励んだ。そぅ、金山娘そのものが目標だった。

二年生、プレッシャーに弱い私は練習量とは裏腹に格下の相手に負けたり、三年生に負けたりなかなか決勝まで進めず、彼女との決勝戦は三年生までお預けとなった。

三年生の春の大会、上はもう彼女しかいない。絶好のチャンスにも関わらず、郡大会で3位になってしまった私は飛騨地区大会で彼女と準決勝で対決。このときもあと一歩及ばなかった。この悔しさをバネに、迎えた夏の中体連。彼女と予選2大会を決勝で戦うには何があってもコレが最後。彼女がいる決勝まで進むには自分との戦い。彼女と決勝で戦うことだけを頭に臨んだ結果、私はついに2大会連続で決勝戦を争うことが出来た。

結果はもちろん1セット取ることだけが私の精一杯の力。彼女に勝ことなんて初めから考えていない。彼女と戦えたことだけが、私の誇り。

福原愛ちゃんからしたら、地面よりレベルの低い話だけど、今こうして過去を振り返ってみると、何か熱いモノが漲ってくる。

誰にでもある青春。諦めずやり遂げたからこそ色あせずキラキラと輝く思い出となる。

一生消えない、大切な思い出、大切な友人そしてライバル。

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