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2007年5月20日 (日)

ウィークウィーク

い~つの~こと~だか~思い出してご~らん~♪

(思い出のアルバムよりhttp://www.interq.or.jp/japan/k3j/song/syouwa/omoideno%20arubamu.htm

あーあれは確かはるか遠い昔、過ぎ去りし一週間前までの夢のように浮かれた9日間。GW。背中に羽が生えてたとしか思えねぇ。

四月末より、滋賀だ梅田だ梅田だ!!と、飛び回り、5月3日より付き人引き連れて実家、下呂温泉にちーんと里帰り。久々の田舎、久々の両親…と思いたいところだが、正月にもどっぷり里帰りしたし、3月には兄の結婚式で両親にも会ったし、いつのことだかリアルタイムで思い出せる。特に何の懐かしさもない。しかし、まぁ、『おぉ、よう帰ってきた。皆元気そうで何よりじゃぁ。』とじぃやばぁと互いに言い合えばそれでヨシ。というわけで、付き人に荷物担がせて、わざわざ人の多い電車に紛れ込んで帰ったわけよ。

今回はGWのブタまっしぐら生活を簡単にご紹介した。

5月3日。地元のお祭りということもあり、付き人と私は豚カツと助六寿司という、まさに食卓も祭りさながらのメニューでお腹いっぱいのおもてなしを受けた。やっぱり実家はいい!寝てりゃ毎日飯がでてくる。それにつけて祭りメニューなら少々味がどうかしてても文句は言うまい。こーして、だらだらぐーたら里帰りは幕を開けた。

5月4日。11時間睡眠、午前11時起床という大寝坊を果たし、共に帰郷していた兄と付き人と3人で父オススメの”豆腐ステーキ”を食しに飛騨高山を目指した。11起床、11時半出発の3人の胃袋にはなかなか優しいヘルシーメニューだ。しかし、残念ながらGWマジックの定休日。こうなりゃ、本物ステーキでいこうじゃないか。急遽予定変更で飛騨牛ステーキをがっつりで満腹。寝起きの胃袋は一気に目を覚ました…はずが、帰りの車中、付き人は後部座席で爆睡。おいおいよく寝るな;と、付き人の人間性と胃袋を疑っていたが、自宅に帰るや否や、私も寝室で爆睡。人の胃袋のことは言ってられない。6時間に一度は睡眠が必要。

ちなみに、今回の飛騨牛はエビやクリームコロッケなどのミックスフライとセットになった定食で1800円程度。あまりの安さに父健一は『そりゃ、モグリやな。』と、ここ最近何故か『モグリ』という言葉にはまっているらしく、何かにつけて『モグリ』だと疑いをかけてくる。

この日の夜は何を食べたか忘れたが、なんだかたらふく食べて、食後には大好物のパイナツプルが登場した。

5月5日、ブタまっしぐらラストスパート。昨日の大寝坊を反省し、八時起床で朝ごはんをしっかりがっつり。そして田舎ならではの自然を味わいに乙女谷渓谷というキャンプ場にでかけた。ブタの放牧。より良い空気の中でより上質なブタ肉を…。おいしい空気をいっぱい吸い込んで、帰宅。ここまでは、体に優しい上々な滑り出し。昼食からがブタまっしぐら生活に追い討ちをかけた。

昼食は兄の大好きな飛騨の名物『鶏(けい)ちゃん』。味付けされて売られている鶏肉にキャベツなどのお好みの野菜を混ぜて焼くだけの、主婦にとっては手抜き料理なので私は昔から好まないが、兄のように根強いファンは多い。昼食が済んだら、母の実家に行き今となっては生き仏、100歳の曾祖母に会いに行き、祖母からりんごをごちそうになった。曾祖母を拝んだら、次なる目的地は父オススメの山の上にあるケーキ屋さんへ。あまりにもケーキがおいしそうだったので、財布とズボンの紐が緩み、付き人と二人でケーキ3個とおティーを注文。胃袋が休まるときはない。

夕方実家に帰宅し、この胃袋をどうにか休めようと寝室にて仮眠。肉が熟成される瞬間である。しかし、熟成もつかの間、母から夕食の準備を手伝うように指示が。台所に行くと母がせっせと作っていたのは、そこら辺の道端から拾ってきたヨモギを使ったよもぎ団子。春のいい香りが食欲をそそる。出来立てをつまみ食い。そして夕食は同じく道端から拾ってきたヨモギの天ぷらと山芋の天ぷら、食後のよもぎ団子、母特製あんこを添えて。

豆知識:ヨモギは目にいいらしい。この日私たちはかなりの量の道端ヨモギを消化したので、視力0.1を切っている私と付き人はこれでメガネ卒業に目が眩み、目がぎらぎらした。

そして夜食はパイナポー、パイナポー、パイナポー…夜が更けるまで食べ明かしたとさ。

深夜4時、限界を超えた胃袋が爆睡中の私の腹をたたき、目を覚ました。私にはなかなか珍しく、食べすぎでお腹を壊した。調子こいてばかばか食べ続けた結果、こんなオチが待っているとは…付き人は私と同じ食生活に加えて毎晩父と晩酌まで交わしていたのに隣でぐーすか寝ている。どーにかしている、付き人の胃袋。

今回のブタまっしぐら生活を経て、私の胃袋は一回り大きく成長したとともに”限界”という言葉の本当の意味を理解しただろう。そう、お相撲さんも体力の限界を感じるのだから、一般女性に属する私の胃袋なんて、3日間食べ過ぎただけで十分限界に達するのだ。

こうして、明けても暮れても、目の前に食料しかなかった目まぐるしい里帰りが終わった。

いつのことだか思い出してみたGW。何をしたかなんて、あまり思い出せない。思い出すのは食べつくした食材の数々。そして、最後に襲ってきたあの腹痛。

GWの教訓。”胃袋はデリケート”

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2007年5月 1日 (火)

京都発

やっとの思いで、ネットが開通いたしました。ひーこらひーこらばひんばひん。。。ぱふぱふ♪

P1000250  京の街よりおはこんばんちは。皆様。長き低迷期間を経て、ついにネットが開通いたしましたので、これから精進しておたみ日和につぶやいて参りたいと思う所存でございまつる。つーわけで、今後ともよろしくお願いいたしまつるつる。

こちらに引っ越してからというもの、職場は遠くなり、これに反比例するが如く仕事はどかっと増えて、何せ荒れ果てたじゃがいも畑のような日々を過ごして参りましたが、心が雲一つない日本晴れのようにパッとするような晴れやかな出来事もございました。3月には兄の、4月には食い倒れ友人、Marchちゃまの結婚式。もーご祝儀、ご祝儀であたくしの財布のお札達も晴天を飛び回るが如く、ピラピラと飛んでゆきました。しかし、幸せそうな計4名の晴れやかな姿には何にも代え難いものがあり、大変喜ばしく思っております。

P1000177_2 と、いうわけで京都発、初のおたみ日和は、京都で華々しく行われたMarchちゃまの結婚式の話題で勝手に盛り上がってみたいと思います^^

4月上旬、桜満開の京都御所付近の式場で、総勢100人弱というかなり盛大な式となったMarchちゃまの結婚式。あたくしも大学時代の友人(キャンベル、ビッグ、ちょきんぎょちゃん、ピンクパンサー)と初の友人結婚式に出席。Marchちゃま夫妻は二人とも大学時代から知っていたので、『あぁ、この二人が結婚なんて…』と思わず顔もにやけ、よだれが垂れ落ちるくらい嬉しいお知らせでございました。

式場に着き、開始を待っていると早くも新郎新婦登場。式が始まってから『うわぁ!!きれい…』と言うつもりが、いともあっさりと廊下で二人の晴れ姿にはちあわせ。もちろん最近買った使い方もワケワカメなデジカメで手ぶれ写真を一枚ゲット。式場に入り、人前式開始。あたくし、人前式というものは初めてで、その存在すら知らなかったので、手を揃えて指輪を見せたり、二人で誓いの長文を読んだり、まるで芸能人の記者会見のようで気分は前田忠明。そして、キャメラマンになりすまし、キスシーンや誓いの言葉などバシバシ写真を撮ろうと大奮闘。何に大奮闘かって、あたくし、新婦の親族の後ろの席を陣取っていましたが、遠くの二人を撮るともれなく親族のおじさんのハゲ頭が写ってくるのです。なんとかハゲ頭を避けようと可動範囲で奮闘するも、遠近法により明々とした近くのハゲ頭をバックに遠くの新郎新婦がぼんやり写る。フラッシュいらずな私のデジカメ。おっと、ハゲ話でこんなに盛り上がるとは…失礼。気を取り直して。

人前式が終わると、お次は披露宴。二人の会社の上司や親戚のおじさん、新郎の幼馴染…と次々二人にお祝いの挨拶が飛び交う。そして、新婦友人代表挨拶はもちろんこの方!!以前、皆で温泉旅行に行った際、赤裸々な”う●こ話”を披露してくれたキャンベル。キャンベルは以前から『Marchの結婚式で私、カラオケ歌いたいなぁ。』とつぶやいていたが、頼まれたのは責任重大な友人挨拶。それでも、粘りを利かせ『歌がいい?ちゃんとした挨拶がいい?』とMarchちゃまに確認したところ、『挨拶で。』とあっさりカラオケを却下された末に生み出されたこの挨拶。

”Marchの幸せを願う会”と書いた襷(私たちのメッセージ入り。)を肩からかけ、キャンベルはウグイス嬢になりすまし選挙演説さながらのご挨拶。挨拶に行く前に『私、人変わるから。』と言い残して行ったキャンベル。カラオケでは出し切れない親友としての偉大さを表現した。お見事!!そしてその襷は新婦に手渡されたが、すぐあとの歓談中に新郎のお祭り好きな友人が襷を奪い取り、三次会まで親友の証襷は新婦の手元に戻らないという始末になった。友人挨拶のあとも新郎の友人によるDJ.OZMAや新郎の同僚による氣志團が披露され、慎ましやかに宴は終了した。

お堅い席はここまでとし、次は二次会。あたくし、京都在住なのに会場まで他都県からおこしの皆様を案内するどころか、皆様を引きづり回して迷い彷徨ってしまい、二次会大遅刻;かたじけない。。。徒歩3分の会場までタクシーで駆けつけた。

二次会は友人や同僚ばかりでなんとも緩やかな雰囲気。司会進行を勤めたのは新郎の大学時代の友人。新郎新婦を含む私たちは地方大学出身のため、この日お祝いに駆けつけた友人はF県出身者が多く、皆標準語はF弁。もちろん、司会を勤めた見た目ワイルドで趣味はサーフィン、普段は小学校教師という彼もまたどっぷりF弁(自称:F弁継承の会会長)。京都出身の二人を祝いに皆京都に集結したのに、F県に帰ったのかと錯覚してしまうほど、普通にF弁が飛び交っている。新郎新婦の同僚の方々は会場を間違えたかとさえ思っただろう。そんなこんなで二次会は大盛況。ビンゴでは東京からおこしのピンクパンサーちゃんがピンクの電話、いや、ピンクのiPodシャッフルが当ったり、東京からおこしの新郎友人が神戸牛を当てたり、いいものはすべて江戸にお持ち帰りされた。

二次会が終わってもまだまだ終わらぬナイトフィーバー。大学時代の友人だけで三次会へ。さらに高まるF弁濃度。私の隣にはF弁継承の会副会長がご着席。もはやここはF県F市駅前の居酒屋W木屋状態。F県出身じゃないあたくしも思わずF弁がでてしまう。三次会はすべて同級生24歳であることもあり、同世代の仕事や恋愛話、思い出話に花が咲きみだれ、気を使いあうこともなくお気楽な宴となった。

こうして長い長い宴の一日は過ぎ、二人は初夜を迎えた…。

大学卒業以来、将来に不安を覚えながら目先の仕事にばかり焦ってきた私。たぶん、それは私だけじゃない。ここに集まった皆が心のどこかで、社会人3年目を向かえ、これからどう仕事に取り組み、どう将来を考えていこうかと思い悩んでいるに違いない。二人の結婚式がきっかけで集まった同級生。大学時代の自分たちに戻り無邪気にはしゃいで、ほんの少しの悩みと大きな喜びを分かち合い、”自分だけじゃないんだ。”という 安心感と勇気をもらった一日だった。ありがとう♪皆。ありがとう♪March夫妻。

Marchちゃま。末永くお幸せに☆

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