« 2006年10月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年11月 7日 (火)

大珍事

アィタタタタタタタタタタぁー!!!

200611071059000 今日未明、右手が凶器で左手を刺すという白昼堂々の事件が私の身に起こった。私の左手中指は包帯によって指厚く保護された。傷因はガラス器具による殺傷。全治にどれくらいかかるのかは不明だが、明日も医者に消毒をしてもらわねばならない。右手を任意同行し事情聴取を行ったところ、「殺意は無く、事故であったため左手には示談を望んでいる。申し訳ないことをした。」と事件については概ね認め、反省の意を顕にしている。

では、現場から中継です。現場のおたみさーん!

はい、現場のおたみです。白昼堂々の大惨事、まずは目撃者の証言をお聞きください。

(目撃者 ○たみさんの証言)

今日、会社で左手のガラス管を右手に持ったゴム管に接続しようとふんばっていたところ、ゴム管の硬さにガラス管が耐え切れず、バキッ!という音とともにガラス破片が体後方に飛び散り、右手側に割れたガラス管が勢い余って左手中指の皮を削いだ。血がダーダーダーダカ出てびっくりした。

現場には今でも5mm~5cmガラス破片が飛び散っており、事件の物々しさを物語っています。以上、現場のおたみが中継でお伝えしました。

さて、一人小芝居はここまでにして、その後の経過をお話したい。

会社ではよくこんな切り傷を負う私なので、対処はいつものごとく冷静に出来たが、水で流してもいつもより傷は深いし、血が止まる気配がない。ここは、とりあえず上司に診療所に行ってきていいかどうか相談しようと決めた。かなり冷静に何事もなかったように上司に詰め寄り、その旨を話すと上司もかなり冷静に「じゃぁ、どうしよっかぁ。」と二人で相談していると、どこから聞きつけたのか、あれよあれよと野次馬とお局たちが集まり、いつの間にか怪我した本人よりもお祭り騒ぎになり、あれよあれよという間に診療所に担ぎ込まれた。

診療所では何故か胃カメラ室に連れて行かれ、傷口の介抱を受けた。医者も傷口を診るや否や、どのようにガラスが刺さったかすぐさま判断し、圧迫止血を看護士に命じてすぐさま去っていった。

残された看護士はとりあえず私の名前と生年月日、内線番号を聞いた。生年月日を聞かれ、看護士はカルテに「S.」と書いたので昭和であることを確信し、「57年」と言うと、「え~1957年、」と”S”の上に書き始めたので、付き添いのお局と思わず「え"~うそー!!」と手厳しく突っ込むと、「Ah…昭和ね」と。あたしゃそんなに歳とって見えるかね。1957年てあんたの生まれた年だろ。あたしゃ、あんたとタメかい。

会社に戻り通常業務に徹していると、業務のおっちゃんが診療所の先生から詳しい話を聞き、今後の労災等の会社対応や傷について説明してくれた。医者は絵を描いて傷口の説明をしてくれたらしく、業務のおっちゃんがその絵を持ってやってきた。絵を見ると、人間の手なのに指が四本しかない;医者とあろうものが↓↓あたしゃ、切り傷どころか指を切断されたようだ。

こんな適当な対応は毎月会社をめぐり回る保健通信をみているとよくわかる。先月の事故事例は、

①「階段から踏み外して落ちた。」→対処:上司が厳しく注意した。

②「動物実験のねずみに餌をやろうとして指をかまれた」→対処:上司が厳しく注意した。

そして今月の保健通信には我が部署の代表として私の事例が載るであろう。

「実験中にガラス器具が破損し、負傷した。」→対処:上司が「そうとう力が有り余っとるなぁ、大丈夫?ま、気をつけて」といい、ぽんぽんと肩をたたいた。

ま、階段から踏み外したり、ねずみに指をかまれたなんて珍事より、私の怪我のほうが実験中の事故として通信に載せても見栄えがいいに決まっとる。

今日の大惨事は瞬く間にそこらじゅうの部長達に話が広まり、あらゆる手違いとお局たちの祭り騒ぎによって大珍事となって納まりをつけた。そして、今日は大した仕事もできないので定時ダッシュ。だからこんなに暇そうに鼻でもほじりながら今日の珍事を綴ってるってワケ。

あたいに触れると怪我するよ。どんなときも冷静に!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2006年10月 | トップページ | 2007年1月 »