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2006年1月28日 (土)

商売ベタ

神戸にパンダを見に行ってきた。

神戸にパンダ?パンダで神戸?Why?と、つい母国語が出てしまった方も少なくは無いだろう。しかし、こちら大阪や神戸では『神戸にパンダ』というのは日常の一種。今日はそんな白黒でころんころんしてて、あの愛くるしい姿を一目見ようと勝手な期待を膨らませまくって、神戸市立王子動物園に足を運んだ。

動物園なんて小学生以来。この年になってから犬や猫以外の動物を見るとどれほどテンションが上がるのか、あの幼い頃のようにキリンや象の大きさにおびえたり感動を覚えたりするのだろうか。果たして自分は日常では見ることのできない動物をみてどう感じるのか、自分自身に疑問を問いかけながら、超久しぶりの動物園。

動物園の最寄り駅に降り立つと、パンダの看板や絵がそこかしこに飾られており、街をあげてパンダをごり押し。さすが、神戸にパンダありき。期待は膨らむ一方。

600円の入場券を買い、ゲートをくぐる。目の前には色鮮やかなフラミンゴの群れ。その鳴き声と艶やかな茜色に動物園に来たワクワクドキドキ感がこみ上げる↑↑しかし、このドキドキ感も長続きはしなかった…

鮮やかなフラミンゴに感動し、一歩奥の折へと目をやると、ピクリとも動かないクジャク。汚い池に沈みかけの白鳥。少々感動が薄れつつ、さらに奥へ進むと、早くも主役のパンダ園登場。こんなに早くメインが見れるなんて、もったいない気もしたが来る者拒まず、見るもん見とく!ってことで、いざパンダへ!!

どこどこ??どこにいるの?あ、いた!!!…寒い寒い屋外の庭で背を向け寝転がり、ピクリとも動かないパンダ。岩や草と同調し、一見どこにいるのか分からないくらいすやすや眠っている。入園15分にしてテンションガタ落ち↓↓出落ちとはこのことだ。救いようのない現実にこれ以上語ることは無い。

パンダがダメなら他の動物で満喫したらいいじゃないか♪気を取り直して次へ。

20060128_1434_0000 白目をむいてのびのびと背泳ぎをするアシカ。すでに玄関の毛皮じゅうたんのようになり、ピクリとも動かない白くまクン。何故か檻の中に二ノ宮金次郎の銅像があり、その横で寝転がっているレッサーパンダ。これもまたピクリとも動かない。。張り紙には『このレッサーパンダは横になるのが得意です。』と書かれている。フウタ君大流行によりかなりの野次がとび、見るに見かねた飼育係が試行錯誤の末、書いた張り紙であろう。そしてピクリとも動かないデカイだけのワニ。何も喰わないアリクイ…

20060128_1456_0000 どれだけ腹が減っているのか、飢えているのか、鉄柵をなめまわすキリン。体を小屋から半分しか見せず一歩も出てこない恥かしがり屋のシマウマ。あれじゃぁ、ライオンやチーターに襲われても喰われちまうに違いねぇ。檻の周りは臭いだけ。見るものすべてがハクセイかと錯覚に陥る。

20060128_1443_0000 ゴリラ、チンパンジーの館に至ってはどこにもその姿がなくこんな張り紙まで…→ → →里帰り中だってよ。どこで帰省ラッシュにあってんだか。

hah…ため息大。

20060128_1506_0000 とりあえず、降下の一途を辿る気分にささやかな光を差してくれたのがペンギン。ピタピタ音を立てて歩いたり、すいすい丸い体を泳がせてみたり。さすが皇帝ペンギン。寒いお国の方だけあって生き生きとしておられる。ようやく愛くるしい動物の姿にありつき、心和ます。しかしここは水族館ではなく動物園。本業に力を入れてくれ。

と、いうことで。

20060128_1544_0001 帰りがけにリベンジでパンダをもう一度見に行くことに。先ほどの庭には見当たらず、すでに室内に入れられ笹をバリボリ貪るジャイアントパンダ。先ほどとは別人。さすがジャイアントだけに大物。仕事と場所だけはちゃっかり選んでいる。女優サナガラ。

どいつもこいつも商売ベタでナマケモノよりナマケモノ。アリかナシかと言ったらナシ。幼稚園児の遠足らしき姿もあったが、幼き純な心には見せてはいけない、光景。働け!サボりすぎの動物達よ。

ちなみに、私は上野動物園のアイドルだったパンダのトントン(♀)と同じ誕生日である。明日使えないムダ知識として記憶に留めていただけたらコレ幸い。トントンは上野動物園で突然変異によって産まれた世界初黒い尾をもつジャイアントパンダ。1986年6月1日に生まれ、多くの来園客に愛され、父親や母親とタイヤ遊びや大好きな笹を食べて過ごしたトントン。2000年7月8日午後4時25分、上野動物園で生まれたトントンはガンによる腹膜炎の為に亡くなった。14歳。長寿。

まぁ、こんないい話の後にどうでもよすぎるが、ちなみに大学時代の先輩、パンダ似のタケピョン(♂)も私とトントンと同じ誕生日。一秒先には使えないムダ知識なので記憶には留めなくて結構。

動物園を出て、神戸元町の中華街、南京町へ。明日から中国は旧正月ということで今夜はその前夜祭。所謂、旧晦日。龍が舞うとかまわないとかで、中華街の食べ歩きがてら龍の舞を観賞に行ってみた。

20060128_2002_0000 澄んだ夜空に高々と色艶やかに映し出されて舞い上がる龍。力強く、逞しく、しなやかに。躍動感あふれるその姿。美しいの一言に尽きる。異国文化とは、なんと素晴らしきものぞ。

…今日、まともに生き生きと動いてる動物を見たのはこの龍だけ。龍に学べ!王子動物園の動物達よ!そうすれば十二支も夢ではない。干支組こそ動物界の勝ち組。パンダ年。いいじゃないか。

子、丑、寅、卯、辰、パン午、未、申、酉、犬、亥♪

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2006年1月27日 (金)

siki2 人の心や性格を表す”文字”。

心がまっすぐな人はまっすぐな線をひく。性格が曲がっている人はもちろん曲がった線しか書けない。怒っているときは右肩上がりなつんけんした文字、悲しいときは弱弱しく涙でにじんだ文字、嬉しいときは軽やかに弾んだ文字で筆にも勢いがある。まさに心の信号である。

先日会社の食堂の掲示板に大題と掲げられたこんなものを見つけた。

『社内書初め大会受賞作品』

いったいいつそんな募集があったのか。どうしたら社会人にまでなってそんなめでたい企画を思いつくのか。そしてどうしたらわざわざ会社のそんな小さな企画ごときに硯で筆を研ぐ気になるのか。ふつふつと疑問が沸いてきて、ボケとツッコミでいうと、ツッコミしかできないといった思いで受賞作品を眺める。

グランプリは一枚の習字紙にデカデカと書かれた何の変哲もない『愛』という一文字。小学六年生レベル。準グランプリは薄墨でサラサラっと書かれた達筆な『創』という字の草書体。どこのじいちゃんが腕を振るったのか。この時点で基準が全く分からなくなり自分の目と審査員の頭を疑う。審査員特別賞はド太く貫かれた『一』の一文字。広い余白には墨が飛び散っている。審査員は赤ペンで受賞理由を「芸術的にすばらしい。」と書いている。同僚と一言。

こんなん私でも書けるわ!

私の予想として『一』と書いたのは社長だろう。そりゃぁ、まさかお偉いさんの作品に賞をつけないワケにはいかないさ。だとしたら理由というより取り繕いの言い訳である。他にも『夢かなう』と超バランス悪くかかれ、『う』なんて紙からはみ出しそうになっているものもあり、すべて赤ペン先生が言い訳を書いている。

掲示板には全6作品の受賞作品が張り出されており、そのレベルと言ったら小学生さながらである。いったいいつ、誰が、どこで、どうやってこんなことをしているのか。5W1H。忙しいんだか暇なんだか…いや、暇に決まっている。この期に及んで忙しいなんていわれた時にゃ、Oh!Jinji。Oh!Jinji。

こんなおかしすぎる会社の有様をまざまざと見せ付けられ、行き着いた結論は…

応募作品数6作品だったんじゃない。

納得。会社が叩き出した渾身の一筆、『愛』そして『一』(両者小学生レベル)。あの掲示板すべてに我が社の今年の抱負、祈願が全力で詰まっていると思うと…Oh!Jinji。Oh!Jinji。

ちなみに私は日本習字準八段。小学校一年生の頃から90歳のおじいちゃん先生に習っていた。先生は本当のおじいちゃんのようで、休みの日となれば先生のお宅で墨絵を習ったりピアノを弾いて遊んだり、昔ながらのビー球遊びを習ったり。人としての心、優しさ、人間として生きる楽しさを学んだ。日本習字の創設者、原田観峰の大親友であった先生。観峰先生のお手本の枠に捉われず、筆を躍らせるようにのびのびと表現する心を教えてくれた。それは紙に枠はあれど、筆は無限であるということ。享年98歳で他界した曽我佑才。彼の口癖は…

”ユーモア”

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2006年1月22日 (日)

ギネス記録

20060122_1252_0000 『部長!部長!部長!年が明けたらグレフル部(2005年11月26日参照。)、新年にして忘年会を開催いたしましょう。』

『よし!年明けてから世界一早い忘年会を敢行するか!』

こんな密な話し合いで決定した2006年最速の忘年会。忘年会は昨日未明、しめやかに執り行なわれた。

午後、冬はめっぽう引きこもり派で太陽と風が苦手な部長コロモックル氏をJR京都駅に引きずり出し、いざ忘年会を開催♪

20060121_1514_0000 とりあえず手始めにパン屋さんのメロンパン、Pascoのダブルメロンクリームパン、部長が『熱い!熱い!』と言って止まないチェリオのメロンクリームソーダ500ml PET \100という層々たるメロングッズを買い込み、向かったのは滋賀県大津市にあるPARCO。ぷよぷよをしながら屋台メロンパンを売りさばく洛西口氏(2006年1月8日参照。)のもとへ。もぅ誰もがお分かりであろうが、先ほど買い込んだ層々たるメロングッズは寒い中小さな体をフル活動させてメロンパンを売る洛西口氏へ、部長と私からの心温まる差し入れ。部長が以前から行っていた伝説的嫌がらせである。今日は私もこれに賛同し、洛西口氏がせかせか働く隣で屋台の車の中をみせてもらったり、メロンパンにケチつけたり、大はしゃぎの私達。いらない差し入れと大騒ぎの私達に迷惑そうな洛西口氏。まぁ、あまり長居をしても迷惑だろうと自主的配慮により、大津市を後にした。

p3 そして次に向かったのはグレフル部忘年会会場にふさわしく、部長のお父様オススメの京都市内にある”フルーツパーラー八百卯(やおう)”。なんでもフルーツパーラーと共に経営される1階の果物店は梶井基次郎の小説『檸檬(レモン)』に登場する果物屋で、明治12年創業という歴史をもつ老舗の中の老舗。Blueのシートで昭和、いやもっと昔だろうか、来たこともないのにどこか懐かしさを感じさせる店内。実に爽やか。清心。

20060121_1643_0000 そんな店内で閉店間際にも関わらずかなり暖かいおもてなしで迎えていただき、出てきたのはレモンの輪切りが入ったお水。注文したのはもちろん、グレフルジュース、グレフルそのもの。そして部長のお父様オススメのフルーツミックスサンド。

目の前に差し出された注文の品々はどれもこれも想像を絶する出で立ち。何がどうなったらこうなるのか??グレフルジュースはお店で出されるものには珍しくピンクグレープフルーツを使用されていて、大きなワイングラスのような器にハワイアンな飾り付けをされ、並々と注がれた絞りたてのジュース。ほのかにグレフル独特の皮の味までしており、爽やかな酸味が口の中に広がる。コンビニや他のお店では手軽に味わえない絶品。グレフルそのものも、ただグレフルを半分に割り、よく見かける輪切りで出てくるのかと思いきや、シンプルだが宮殿ににでも飾られているような形の器にピンクとホワイトがざくざく切られて盛り合わせになっている。お待ちかね、期待大のフルーツミックスサンドはメロン、イチゴ、パイン、バナナ、桃…たっくさんのフルーツがごろごろと食パンと生クリームの間に挟みこまれ、甘さ控えめ、フルーツ一つ一つの味が存分に楽しめる逸品。生クリームが苦手な部長もあまりの美味しさにペロリといただいてしまった。

食べ終わった後も、お店のおじさんやおばさんに『おいしかったですか?今日はどこからいらしたんですか?』なんて終始暖かく接していただき、お店の話を伺ったりと、かなり和やかなひと時を過ごした。大満足で店を出た私達。外は真冬だが心は何だか小春日和。今後のグレフル部の活動拠点は誠に勝手ながら、フルーツパーラー八百卯にすることにした。所謂、我らがグレフル部の部室。過去に例を見ない、内容の濃すぎる部活となった。

忘年会はまだまだ続く…私、今年のカレンダーがまだないもので。いつもアジアン雑貨の店でよく見るカサカサの紙質の版画のようなカレンダーを必ず買っているため、部長にアジアン雑貨の店に連れて行って欲しいと頼んだ。『すげぇアジアンなお店があるよ!』と言われどんな広い店なのか、どんなに品揃えのいい店なのか…と想像を膨らませ、期待大で連れて行かれたのは異国情緒漂いまくりの”中国物産店”。そりゃ、品揃えもいいし、店も広いし…そりゃアジアンだけど…。カレンダーは一応あったものの、真っ赤な紙に中国の神らしき存在がデカデカと描かれ、下のほうに申し訳程度に小さくカレンダーの日付が書かれている。かなり幸運をひきつけそうなカレンダーだが、しかしこれを我が家に飾るわけには…やむを得ずカレンダーは諦めた。

夜になり、メロンパンを売り終わった洛西口氏と合流。三人で部長の会社の同僚オススメの”生パスタ”が味わえるお店へ。部長は”生パスタ”と聞いたとき思わず『いやいや、茹でてぇや!』と言ったらしい。いやいや、茹でてありますから。各自名前が長すぎて読みきれないパスタを一品づつと、店員がここぞとばかりの記憶力を発揮して長々と説明してくれた日替わり和風サラダを一皿注文した。先に出てきたのは和風サラダ。思いのほか小さな器。直径10cmほどのお皿に胡麻ドレッシングがかかった水菜を三人で肩を寄せてひもじくつつく。次にパスタが登場。取り皿であれこれとつまみながら三種類のパスタを箸でいただく。まぁとにかく無心で食べ続けたわけだが、私達はこれが生パスタであるということをすっかり忘れていた。途中生パスタであることを思い出し、三人で『もちもちするような…。』などと話し合ってみたが、私達の口が悪いのか、シェフの腕が悪いのか…味はうまいがピン!とこない三人。とにかくお腹は満たされ、夜の京都に繰り出す。

到着したのはゲーセン。私が唯一運動が出来ることを証明できる卓球をすることに。私、普通に卓球ができるので、ゲーセンなどで汗を流すのは少々恥かしい。初めは部長と洛西口氏が温泉卓球を楽しんでいるのを見て楽しんでいたが、いざ交代してやり始めるとついつい熱中して大人気なくも本気を出してしまった;しかも、部長はテニス部だったらしいのでラリーはまぁまぁ続くが、本気でスマッシュしたら返ってこない程度のお手前。ストレス解消にはちょうどいい相手である。ピンポン玉にヒビが入っているにも関わらず、玉が弾まなくなるまで打ち続けてみたり、右利きなのに左手でやってみやり、スマッシュ打ったらラケットまで投げてしまったり…いい大人三人で終電がなくなるまで遊び続けた。

一年で最速かつ最長の宴となったグレフル部忘年会。長い長い一日が終わり、今年わずか20日間の出来事もすっかり忘れてしまった。そしてグレフル部もようやく新年を迎えた。

2006年最速の忘年会、まさに”自己満足”という名のギネス記録。今年もグレフル部として勢力的に活動し、新たな記録を打ち立てるべく精進していく次第です。

迎春。

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2006年1月19日 (木)

出初

本日は2006年初のライブ。

今日は友人の綾小路殿と以前他のライブに行った際、ライブハウスに入った時にたまたま出演していたバンドの最後の一曲の途中から聞いただけなのに綾小路殿がビビビ!!っときたらしく、そのインディーズバンドのライブに行ってきた。

しかしやはり腹が減っては戦ができぬ。とりあえずライブの前に腹ごしらえ。向かったのはうちの近所にあるイケメン揃いのBar。たまにはイケてるメンズで目の保養保湿。やっぱ冬はお肌も心もカピカピだからね!って別にホストクラブでもないのに、イケメンの店員さんに話しかけられ潤い満たす私と綾小路。しかも飯がうまいのなんのって。店員さんに『ここのご飯おいしいですよねぇ。』と言ったら『おいしいですよねぇ。』と他人事。働けよ!と思いつつやはり、目の前で生地から作ってくれるピザやパスタ、ハンバーグ、クラムチャウダー…とBarのくせに品揃えよすぎるメニューに勢いあまって食べ過ぎた。うぇっ!お腹も満たされて心はホカホカお肌はトゥルトゥル。

さてさて、いざ2006年初ライブへ。出初。今日の目的は先ほどもお話したとおり、綾小路殿が松田聖子ばりの直感で見極めたインディーズバンド”Smash”。その直感を素直に信じていいものか、2006年初ライブを飾るにふさわしいのか…少々不安はあったが、とにかく足を運んでみた。

ライブハウスに入るとSmashの一つ前のバンドが演奏しており、何やら聴き心地のいいリズムが聞こえてきた。ボーカルは金八先生ばりに熱くてくどいMCを挟みながら歌うのだが、小さなライブハウスに出演するバンドにはめずらしく綺麗な音でハードな曲でも聴きやすい。思わずCDを買ってみてしまった。そして次にお目当てのSmash。綾小路殿はもぅそりゃ嬉しそうでかなり楽しみにしている様子。私はそうでもないのでただなんとなく始まるのを待っていた。しかしいざ始まってみると私の背中にもビビビ!と電気が走った。音でも、歌詞でも、技術でもなく、その一体感あふれるステージと小さなボーカルの体からあふれ出す迫力。かっけー。ロックという一筋の方向性がはっきりと見える。ハードな雰囲気に埋め尽くされるステージにただただ圧倒されるばかり。綾小路の直感は松田聖子よりも鋭い。そしてこれもまたCDを買ってしまった。20060121_0026_0000

小さなライブハウスをめぐり歩いているといつもふと思うことがある。皆伝えたいことがいっぱいあるんだなぁ。。ただ音楽が好きという気持ちだけではないということがひしひしと伝わってくる。皆言葉ではうまく伝えられないbungler。この世には伝えたいこと、誰かに聞いてもらいたいことが溢れかえっている。一つの音楽が好きになるということは、その気持ちを共感するということ。誰かに伝える、誰かに伝わる。難しいが単純なことだ。

今日は会社で仕事がうまくいかず凹み調子でライブに行ったが、すっかりそんなことも忘れ、元気になってしまった。私が単純なのか音楽という文化がすばらしいのか、一概には言えないが、少なからず音楽がすばらしいということは誰もが共感できる確かな事実だろう。

2006年、今年もライブに明け暮れる日々が始まった♪

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2006年1月17日 (火)

11年…

平成7年1月17日午前5時45分、阪神淡路大震災発生。震源、淡路島北部深さ14.3km、マグニチュード7.2、震度7、激震。死者6400余名、負傷者43000余名、被災建築物約44万棟。戦後最大規模の災害。街と共に人々の心も崩壊し、日本全国が悲しみに暮れた。

あれから11年…

今日の会社はいつもにましてピリピリと緊張感が漂っている。そぅ、今日は阪神大震災の追悼とともに我が社の避難訓練。二度と同じ苦しみを味合わぬよう、心して望まなければならない大切な行事である。しかし…

避難訓練は午後四時からということで、午後から上司や同僚が何やらバタバタと準備している。社内全員の机に配られたのはヘルメット。へ、へ、ヘルメット。ヘルメット?嫌な予感。周辺の方々のヘルメットを見ると、全員名前が書いてある。Oh!my helmet!!どうやら各自一個必ず支給されるらしい。私はまだこの会社の避難訓練は未経験だったため、急遽業務部から支給されたが、業務部のおっちゃんはメットを持ってくるや否や、訓練に向けて緊張感高まる職場で『だいたい皆、災害が起きたら我先にヘルメットなんてかぶらずにぱぱぱぁ!っと逃げてしまうんやから…』ごもっとも。しかも、このヘルメットは地震が起きたら真っ先に倒壊するであろう、底抜けの物置に常備してあるらしい。いったい誰がそんな危険を犯してまでヘルメットをかぶりに行くのだろうか。

訓練開始5分前、社内全域に放送が流れる。『本日は4時から避難訓練です。皆さん放送が入り次第、避難をお願いします。』この放送が流れた瞬間、社内全員真顔でヘルメットを装着する。いざ、避難か!?と思いきや、皆当たり前のように仕事を再開。?????????????????Officeでヘルメットを真顔でかぶってるだけでも相当おかしいのに、皆ヘルメットかぶって普通に仕事をしている。パソコンたたいたり、書類まとめたり、コピーしたり…おかしな光景が目の前に広がる。まるで”もぐらたたき”のよう。たった数分間、メットをかぶってまでimages3仕事をしたいのか。そんなに忙しいのか。ヘルメットをかぶることさえ仕事に見えてくる。 実はこんな光景が見られるという話は、昼休みに同僚の方から聞いていたが実際目の前にしてみるとかなり笑える。しかし、皆避難に向けてピリピリしてるのに、私は仲のいい同僚と誰が一番似合うとかヘルメットが大きいとか、テンション上がりまくりだし、昼休みにこのおかしな現実を教えてくれた同僚はわざわざ私の所まで来て『ほら、見てみぃ。皆ヘルメットかぶってまじめな顔して仕事しとるやろ!』と言いに来たり、隣に座る私の上司はこの期に及んで、”早めにお召し上がり下さい”と書いてある私の実家土産の栗羊羹を食べようとするし…私を含め私の周りはロクデナシばかりである。災害が起きても助からないのは目に見えている。

25 四時になり避難訓練の指示が放送された。大阪を震源とする震度5の地震発生という設定。皆、まずは机の下に隠れるが、机が小さくて入れない人もいれば、ヘルメットが支えて入れない人も。護身用のヘルメットもそこまでは計算されていなかったようだ。そして、二列に並んで、避難所までダッシュ!!会社の全棟から皆、白や黄色のヘルメットをかぶってかけだしてくる。老いも若いもこぞって点呼。そして、会社の飲み会ではフランス料理の一次会だけで頭にネクタイを巻いてしまう業務部部長も今日はまじめに頭にヘルメットをかぶって避難所の説明をする。笑ってはいけないが笑いが止まらない。解散後、同僚と『相変わらずめでたい会社だねぇ。』と言いながら職場に戻った。この会社、たまに辞めたくなるときもあるが、今日のヘルメットでPoint up↑↑もう一度くらいはこの会社で避難訓練をしてみたい。

さて、話は大幅にそれ、阪神大震災の日にこんな下らない我が社の大惨事をお披露目してしまい大変失礼しました。ということで、真面目なお話を…

あれから11年…

大切な人や家族を失い、何年経ってもまだまだ震災の傷が癒えない方も多いという。白から黒へと180°人生が狂ってしまった人もいるだろう。しかし、神戸の街を見てみると、たった10年でこれほどにも立ち直れるものかと感動するほど美しい街並。昔ながらの街並と、最先端でおしゃれな空間が打ち溶け合っている。人間の力強さ、精神力、賢さを一心に感じられる。

『頑張ろう!神戸。』をスローガンに前だけを見てがむしゃらに突き進んできた街、神戸。次はどんな10年をみせてくれるのであろう。そして私はどんな10年を歩むのだろう。

清く、美しく、前向きに…

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2006年1月15日 (日)

三昧

鳥取、『鳥(とり)』『取(とり)』と書いて鳥取。逆から読んでも取鳥。

昨日から大学時代の友人で食い倒れ仲間のMarchちゃんと鳥取に一っ旅してきた。先月、旅行会社に予約に行った際、『カニ会席プランとカニ三昧プランがありますが…』と言われ、一瞬二人で瞳を交わして、Telepathy。二人で身を乗り出し声を揃えて、

『三昧で!!』

満場一致で決定したカニ三昧鳥取旅行。ついでに観光も出来ればと思い、ゲゲゲの鬼太郎や悪魔君を描いた漫画家”水木しげる”の故郷、境港にも足を運ぶことに。

昨日はあいにくの雨。特急ヤクモの窓から広大な雪景色を横目に米子を目指す。昼12時過ぎに境港に到着し、寿司でも食べて水木しげるロードや記念館を散策しようと境港駅から歩きだした。しかし、ものすごい雨と強風。駅から10mほど歩いただけで、左手の傘はふんぞり返りベコベコ。右手の地図は風になびきベタベタぐしゃぐしゃ。両手両足が言うことを聞かなくなり、敢え無く歩いて10分ほどの寿司屋さんへタクシーで強制送還。あまりの近さにタクシーの運転手さんにも『帰りは歩いて来い。』と言われてしまった。ちーん。

20060114_1254_0001 とにかく腹が減っては戦が出来ぬ。たった10mでベタベタぼろぼろになった私達は体を熱~いお茶で暖めながら『上にぎり二つ。味噌汁付きで。』やっとありつけた昼食。”旅行”という言葉に調子こいて財布の紐はゆるゆる。もぉこの際値段なんて二の次だ。下駄に並べられた回らない寿司に大興奮の私達。『えび、あわび、うに、たい、まぐろ…』興奮しすぎてネタの説明を聞き逃した。どれが何の魚だか全く分からず食べ始めた。しかしそんなことはno  problem!どれもこれも肉厚で刺身独特の甘さが口の中に広がる。とろみのある濃厚な醤油とわさびがその甘さを一層引き立たせ、ついにほっぺも墜落↓↓気分は昇天↑↑

20060114_1255_0000 そして奥から女将さんが運んで来てくれたカニの味噌汁。『皆さんこのカニをダシだと思って、身をすするだけですけど、遠慮なく手でかぶりついて味わって下さいね。』と言われ、『では、さっそく。』と勢い付き、二人で潔くがさがさカニの甲羅を開いて腸までかぶりついた。聞くところによると、今年のメスガニのカニ漁は1月12日までで、オスガニは三月まで獲れるらしいがメスは今期最後のカニだとか。ラッキ♪それなら尚更すべて食べなければメスガニに申し訳ないと思い、跡形もないくらいに食べつくした。

そんなこんなで二時間ほど寿司屋に入り浸り、雨風止まぬ恐怖の世界へ飛び出した。寒い冷たい寒い冷たい…身動きの限界を感じ、昨日は雨でも楽しめる”水木しげる記念館”を楽しむことにした。Mar.ちゃんも私も、以前からものすごく鬼太郎に興味があったわけでもないし、水木しげるがどんな人だかもまったく知らなかった。ただの観光がてらふらっと記念館に立ち寄ったわけだが、思いのほか水木ワールドにのめり込み、どの客よりも食入るように水木しげるの歴史や作品を見入った。

初めに年表で水木しげるは戦争で左腕を失ったと書かれておりショックをうけたが、障害を負っているからこそ作品とともに有名になったのか…と思った。しかし、あらゆる作品と年表を追っていくと、見終わったときには腕が無いことなんてすっかり忘れていた。テレビもパソコンもない時代に自らの経験や生活環境から生まれた漫画のキャラクター。それに加えて、どう頭をひねったら思い立つのか想像もつかない、発想力と表現力。そしてそのストーリー性を目の前ににただただ立ち尽くし、関心してしまうばかり。”才能”とはまさにこのことを言うのだろう。水木しげるの偉大さに圧倒され、二時間近くも水木ワールドを堪能した。

夕方、かなり冷え込んできたので境港を離れ、旅の宿、米子市皆生温泉へ。旅館に着くと同時に雨と風によって増した旅の疲れがどっっと出た。そしてほっと一息ついたのも束の間、この旅最大の目的”カニ三昧プラン”のカニ料理にありついた。

20060114_1906_0000 目の前に次々と差し出されるカニ料理にまたまたテンションが上がり続ける私達。とりあえず新鮮なものから…ということでカニ刺しをぱくり。20060114_1925_0000 初カニ刺し♪だってわざわざカニ刺しが出る旅館を選んだのですもの。オホホホホ!!ぷちぷちと甘いカニの身が口の中に花を咲かせる。そして次にカニすき、カニの塩釜焼き、カニグラタンと手当たり次第手を付けて行く。しかし、食べ初めて数分、二人にわずかな不安がよぎる。

『これ、食べきれへんなぁ…。』

そりゃカニ3杯分ですよ。三杯で三昧ですよ。二杯でも三昧なのに…ということで、とにかく姿焼きや姿蒸は太い足や爪だけ食べて、もったいないが細い足はガラ入れに捨てていくことに。名づけて”贅沢!おいしいとこどり大作戦”こうでもしないと三昧プランに打ち勝てない。ハサミやカニフォークを駆使して、あれこれとつまみ食い感覚で食べ進める。しかし、食べても食べても出てくる出てくる。頭もお腹もパンク寸前。途中トイレ休憩も挟んで食べ進めたがついに…3、2、1、

カン!カン!カン!

Knock out。場内にゴングが鳴り響く。ハッスル空しく、三杯で三昧に惨敗。亀田兄弟も敵わないだろう。お口直しにケーキとフルーツだけはちゃっかり食べた。別腹とはこのことだ。しかし、今、私もMar.ちゃんも『カニ』という言葉を聞くと胸が痛い。胸が焼ける。カニが産まれそう。しばらくカニはいいや。

食後、この旅のもう一つの楽しみである温泉へ。旅館のサービスで、女性の浴衣は今はやりの選べる浴衣。二人とも、花柄や蝶々の色鮮やかな浴衣と帯を体にまとって女湯へ行くことに。しかし、浴衣の着方がワケワカメ。どっちが前だか、帯はどう結ぶのか。二人ともはだけはだけて30分以上試行錯誤。とりあえず何とか見た目だけは整えて、風呂に直行!とは行かずフロントに立ち寄り、記念撮影。しかも四枚。そしていざ風呂へ!30分以上もかかって着た浴衣も、脱ぐのは一瞬。『あ~れ~』とお決まり文句でさっさと脱ぎ捨て温泉にざぶ~ん。大浴場、ヒノキの露天風呂、泡風呂と長風呂できない二人がお祭り騒ぎで頑張って30分も入りました。ん~とんぼとんぼ。いや、極楽極楽。加トちゃんぺ!!

昨夜は風呂上がって即就寝。爆睡。今朝は6時半起きで朝ごはんを食べてcheck out。いそいそと向かったのは再び水木しげるの町、境港。昨日の雨風で街のあらゆるところに飾られている鬼太郎や悪魔君のキャラクターのブロンズ像をゆっくり見ることが出来なかったのでリベンジへ。

20060115_0940_0000 境港、町にある球形のものはすべて目玉のおやじ。街頭も電車のライトも。洗剤屋さんに鬼太郎のお面を売っていたり、美容院に鬼太郎や一反木綿が飾ってあったり、『水木しげるロード郵便局』なるものがあったり、晴れていれば鬼太郎やネズミ男の着ぐるみが街を歩いていたり…とにかく水木しげるをごり押し。私達もそんな浮かれた街の雰囲気に飲み込まれてブロンズ像と写真を取り捲った。まさに鬼太郎三昧なtraveler。

活動的で体力勝負な旅もこれでおしまい。非日常的な浮かれた2日間。たまの旅行は心が大きく成長して、自由気ままに羽ばたいている気分。明日からまた仕事なのに心も体もふわふわふわ。水木しげるの妖怪にとり付かれたのか、あの世からこの世へ戻れない。

オイ!鬼太郎!体だけはこの世に返しておくれ★

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2006年1月 9日 (月)

火災防止

先日、実家に帰ったら我が家で変なものを見つけた。

20060103_1900_0000 そんな古い爆弾、どれだけ効くのか…消火弾。そりゃ気持ちは分かるけど。燃え滾る炎を目の前に、水だ!毛布だ!消火器の栓抜いてにぎる!なんて冷静にやってられない。だったら、この消火弾一発投げ込んで火が消えるなら…そりゃ気持ちは分かるけど。

『自治省認定』っていつの時代よぉ。しかも『小島式』って。家の屋号は小島屋。ま、ま、まさか自家製?non。non。我が家に花火師はおりません。まぁ、”強力”というのだから、もしもの時はこれでファイト一発!

20060103_1901_0001 そして、夕食中、キッチンの壁に目をやると…

あ、あ、あ、『秋葉神社』??

そりゃ、気持ちは分かるけど…いや、理解不能。秋葉系にまで頼って我が家の火災を守ろうとは、なんて貪欲な。あの肩いっぱい詰まったリュックにはフィギュアじゃなくて、消火弾が入ってるってこと?そんなにオタクがたくましいのか?

天然の父、健一に聞くところによると、静岡にある神社だとか。インターネッツで調べてみたところ、あった。http://m747jp.hp.infoseek.co.jp/akiba/akiba.htmたまにはまともなことも言えるようである。ちなみに健一は町の役員として消防団の訓練には積極的に参加している。先日も出初式に出席し、『放水!!』と一言、重役を授かったそうで。感想を聞いたら…

『風向きが悪くてこっちに水が飛んできた。』

だってさ。まぁ、近所で大火事がおきても、バケツリレーにも参加せず『大変やなぁ。』って言ってのこのこ帰ってこれる父ですから、『放水!!』と一言言わせていただけるだけでもどんなに幸いか。

これでお分かりであろう。我が家の火の元は、一発解決消火爆弾と秋葉在住のオタク、そして、火災にはめっぽう頼りない父健一に守られている。本当にそんなんで大丈夫かいな…

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2006年1月 8日 (日)

ハナカミ

そうだ。UFJ寄ってUSJでハニカミデート!!

はっと思いつき、翌日即実行となったハニカミプラン。(金曜夜11時TBS系恋愛バラエティー『恋するハニカミ』http://www.tbs.co.jp/hanikami/より。)一昨日、私は風邪で会社をさぼって部屋でごろごろしていたのだが、まぁ部屋でごろごろしていても余計に体はだるくなるし病人気分から抜け出せない…ということで、昨日は大学時代の先輩、洛西口氏とUFJで金を下ろしてUSJでハニカミデートすることに。

AM11:20…12時に大阪駅で待ち合わせの為急いでめかし込んでいると、なぜか私の携帯がナル。もしや寝坊??と思いつつ電話に出ると、

洛西口氏『あ、もう大阪着いたんだけど。』 私『大阪駅のどの辺ですか?』

洛西口氏『え~っと、友達ん家。』 知るかっ…

洛西口氏『え~っとココどこやろ。北区かな。車で来た。』とのことでしたので、適当に我が家の近くまで来て頂くことに。

PM12:00…家のご近所で晴れて合流。いざ、USJを目指すことに。『地図を見て道は完璧に覚えてきた!』といつになく珍しく自信ありげな洛西口氏。たまには頼れるお人よのぉ…と思いつつ二人でワチャワチャしゃべりくってるうちに、『今適当に走ってきたけど、話してるうちにここがどこかわからん。道合ってるんかなぁ?』と言い出だす洛西口氏。とにかくさっきから目の前にJRの観光バスがずぅっと同じルートを走って来ているので付いて行けばUSJに付くはず!と二人で勝手に確信し、再び話の続きをワチャワチャしゃべりだす。いつのまにか観光バスも見失い、あとは看板を頼りに目的地を目指した。しかし、またまたどぅでもいい話で盛り上がる私達…着いたのはなんとも煌びやかなゴミ処理場。煙が立ち昇る。もくもくもく…とりあえず引き返し、なんとかUSJ近くの駐車場にたどり着いた。車を降り、入り口を探して歩き出す。今日は冬型の気圧配置。寒い!途中、そこら辺の警備員に入り口を尋ねるとさすがの警備員もあまりの寒さにしゃっくりをしながら道を案内してくれた。無事、入り口へ。

PM1:00…USJ上陸!!とともに、UFJを探す。きょろきょろ…UFJが見当たらず、いた仕方なく”りそな”で金を下ろすことに。あぁ、このハニカミプラン最大の目的、UFJ引きおろしが…がっくり。出端をくじかれながらも、チケットを購入し、いざゲートをくぐる!!

目の前に広がる別世界。中東和平や北朝鮮問題が地球上で大きく問いただされている昨今がウソのよう。やれ、セサミだ。やれ、ポパイだ。と駆け回る親子連れ。おしゃれな大空間でデートを楽しむカップル。まるで宇宙にでも来てしまったかのような浮かれた光景が目の前に広がる。誠に勝手ながら”日本国憲法第9条”及び”日米和平条約”に感謝の念を捧げる。

PM2:00…少々慣れない世界に二人とも緊張しながら昼食をして、どこから回るか計画を立て、アトラクションめぐりに繰り出す。私が昔からセンスの無い命名で悩まされてきたターミネーター、洛西口氏が大好きなスパイダーマンとアトラクションを楽しみ、次はジュラッシックパークへ。

そぅ、あの水の中へバッシャーンと船で放り込まれるアレ。とりあえず二人ともその後に何が起ころうとも知らず他の客の見よう見まねでカッパを購入。『まぁ、ココは一応ジャポンだし、メリケンのようにど派手アトラクションではないだろう。』と余裕で船に乗り込んだ。最前列、最左端に乗りこむ洛西口氏。その隣、最前列中側の私。見事に再現された恐竜やジャングルを優雅に眺めながら船は進む。そして徐々に暗い洞窟にもぐりこんで行き、坂を登り出す。どきどきどき…扉が開き光が差し込んだその瞬間…

落ちるぅ!!もぅだめだ。もぅこの世の終わりだ!南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…と心の中で叫びながら、カッパのフードも脱げて、潔く湖に着水。目の前で飛び上がる水しぶき。せっかくセットした髪もびしょびしょになり、かなりテンションが落ちて隣の洛西口氏を見る。洛西口氏、自らバケツの水をかぶったのか?風呂にでもはいってきたのか?と思うほどびしょ濡れ。水はけのいい頭も、短いジーパンも、ご自慢の眼鏡の中までも…とにかくそこら辺の客とは比べ物にならない程一人びしょ濡れ;ネタ?と疑いたくなるほどおいしすぎる。悔しいが笑える^^

洛西口氏の一人びしょ濡れショーのおかげで、二人の異次元な世界に対する緊張感はいっきにほぐれた。とにかく日向ぼっこで濡れた髪や服を乾かしながら、次のアトラクションへと回った。ジョーズで記念撮影、Back to the futureで酔い吐き気を催し、E.T.、シュレックでほのぼの…とにかくいい大人二人して童心に返り、夜まで大はしゃぎで遊びまくった。

20060107_1854_0000 PM7:00…散々遊びつかれてゲートをくぐる。帰りがけに、写真をとったがあまりの寒さに大してアングルも考えられず、とりあえず定番の地球をカメラでカシャリ。『また来ましょう!』と大満足でUSJを後にした。しかし、駐車場から来た道が分からない。まぁ、どうにかなるだろうとペラペラ流暢な日本語を交わしながら歩き出す。いったいどこを歩いているのかワケワカメ。隣の駅が見えてきた。それでもどうにかなるとコントを繰り広げながら、当てにならない目印を追い30分以上歩き続けた。てくてくてく。USJ一周分くらいをひたすら歩いてようやく車に到着。冷たくなった手を温めながら出発。

PM8:00…洛西口氏の知人が経営する野田阪神近くの焼き鳥屋『一番』へ。お任せであれこれと串物を出していただく。どれもこれもおいちい。途中、トイレに行き、出てくると店長のお尻を優しく触り嬉しそうな洛西口氏。『まさかこの人HM?いや、HG?』と疑いつつ宴は続く。洛西口氏、トイレに鍵をかけずに入り他の客に覗かれたり、とにかく店員さんからいじられたい放題の先輩を見ていたら人間味を感じてほっとした。

PM11:30…宴も酣ではありますが、そろそろ夜も深けて来たので御愛想。おたみ家まで送っていただくことに。しかし、本日何度目か…また道が分からず迷った。ひたすら走り続けたら”奈良”という標記が見えてきて、ようやく二人とも道が違うと気づき、引き戻す。その後もさらに道に迷い続けた…

AM1:00…ようやく帰宅。行き当たりばったりでプランも何もないハニカミデートであった。これもまたよし。

今朝、起きたら風邪は悪化。熱も少々ピーピー。そりゃそぅだ。あんだけ水かぶってはしゃいで冬型の気圧配置で遊べば。鼻水だらだら。ティッシュを手離せない。ハニカミというよりハナカミデートとなった。それでも、なんの後ろめたさもない。

楽しすぎたハナカミデート。今日も思い出し笑いが止まらない♪

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2006年1月 3日 (火)

分刻み

『社長、本日は分刻みのスケジュールとなっておりますが…』

『うむ。新年の仕事始めだ。はりきっていこう!君もしっかり付いてきてくれたまへ。』

昨日は分刻みの過密スケジュールを乗りこなした。さすがに正月休みとなるとそこかしこに会っておきたい人で目白押しになるため、予定を立てるのもなかなか大変だ。

朝…姉と二人で母の実家に年賀のあいさつ。100歳になる曾祖母もめでたく元気に正月を迎えており、『長生きはしたくない。わたしゃ早く逝きたいよぉ。』と言いつつ、小さな体で私たちを迎え入れてくれた。そして久々に会う大学、高校、中学に通う従兄弟。私も社会人一年目としてわずかながらお年玉をあげた。スヌーピーのお年玉袋に野口英世一枚。大学生に野口英世一枚じゃ少々心苦しかったが、コンビニで弁当の一つでも買っておくれよ。と思いつつ社会人の任務を果たしてみた。

そして、母の実家で昔の写真をあさっていたら、母が9歳の頃の写真や姉が生まれたばかりの頃の家族写真が出てきた。母は昔から太ったり痩せたりの繰り返しで変わりなかったが、父の変わり様にびっくり!ガリガリ。すらっと手足が細く肌もピチピチでモデルのようにかっこよかった。『あぁ、このときのお父さんなら自信もって”うちの父です。”って紹介できるのにぃ!』と悔しがる私たち。聞くにあの頃から30㎏も太ったとか。何の餌食べたの?How to do?姉と二人、大ショックをうけて『ありゃ結婚詐欺だな。』と言いながら帰ってきた。後から父に何食べたの?と聞いたら『肉骨粉。』と答えた。そりゃぁ、脳もカスカスだ。

20060102_1458_0002 昼…ご飯を食べに家に戻る暇もなく小中高とともに過ごした友人に会いにお出かけ。一年ぶりの再会である。久々に会ったら友人は新車を5年ローンで購入しており、週3回も洗車すると言って昨日も洗車した直後だった。なんでも以前乗っていた車は狸を5回もはねたそうで、縁起が悪いからということで妹に譲ることにしたらしい。しかし今の車も買ったその日に、溝にはまってタイヤをパンクさせたらしい…

20060102_1240_0000 20060102_1247_0000 まぁ、そんな縁起がいいんだか悪いんだかワケワカメな友人の車に乗っていざ、Let's drive!とりあえずお腹を満たしにお昼ご飯へ。私たちは昨年の正月も昼真から寿司を食べに行った。こんな田舎じゃ正月早々やってる店もないのでとりあえず営業してるお店を見つけて入った。カニクリームコロッケがおいしいと評判の鰻屋『かばや』。もちろんカニクリームコロッケと鰻丼を食べた。コロッケは超BIGでカニの身がごろごろ入っていた。鰻丼も大きくてふんわりとろける鰻とご飯にたっぷり秘伝のタレがかかっており『やっぱり東海の鰻は違うなぁ。』と大満足。私の鰻好きは以前にも熱く語ったが('05年12月4日参照。)、今年は新年から鰻の食べ初めである。お腹も満腹になり、またドライブに繰り出した。統合により『益田高校』から『益田清風高校』という実にセンスのない名前になってしまった母校を見に行ったり、ぶらぶら田舎道を走った。そしてまたの再会を約束し、一時我が家に帰宅。

20060102_1748_0000 夕…姉夫婦と兄夫婦と五人でボーリングに出かけた。田舎のレジャー施設なんてボーリングかカラオケぐらいしかないため、今日はボーリングも大混雑。。次々と知り合いに出会う。

久々のボーリング。私は平衡感覚が鈍いためフォームはきれいだがガーター大好き。昔から家族の中でも一番下手。今日もかなり馬鹿にされつつ行ってみたが、私よりもひどかったのが姉。記念すべき第一球は勢いよく走って行って投げたと思ったら、後ろにボールが跳んできた。私たち兄弟にストライク。まさに天然の芸術作。ボーリングもヘトヘトになったが、たまにはこうやって兄姉でばかばかしく暇そうに遊ぶのもいいもんだ。ちなみに私の成績は辛うじて姉に勝った程度。どっこいどっこい。

20060102_1949_0000 夜…本日は高校の同窓会。私はボーリングで少々遅くなってしまい、後から参加。皆少々あか抜けて仕事の話などもするようになった。赤裸々な恋愛話を皆でいじって聞いたり、何があったか知らないが妙に汚れてしまって何でもかんでもピンクな話にもっていく子。今はもう時効だが様々な恋愛事情が飛び交う同窓会。それでも”久々”という言葉は純粋にこの時間を楽しませてくれる。もちろん今日は京都でバンド活動中のやっさん('05年11月27日、12月14日参照。写真右。)もホームで再会です。写真に写るのはやっさんを含む我らがC組の眼鏡三兄弟。以前も書いたがやっさんはテストで『ガンジーの似顔絵を描け。』と言われ”亀仙人”を描いたが、隣の眼鏡はこれまたテストで『クレオパトラの似顔絵を描け。』と言われて”なるほどザ!ワールドの楠田えりこ”を描いた強者。

今回の同窓会は2週間ほど前に急遽メールが回り、メールが来た人のみの参加となったが、45人クラス中20人以上の参加となった。なんやかんやで毎年お盆と正月は必ず同窓会を開いており、必ず20人以上が出席という高出席率なクラスである。みんなどれだけ暇なんだか…他のクラスはすでに結婚して子供ができた人がいたりと、なかなか定期的には同窓会をできないようだが、我らC組はそんな気配がある人は誰一人としていない。健全というかなんというか…晩婚クラスである。

飲み会会場が同級生宅の居酒屋ということもあり、かなり破格なサービス満載で、結局6時間以上飲み会は続いた。私もさすがに過密スケジュールでへとへとになり地元の友達と色々と語り合いながら帰宅。

家に帰ると、これまた同窓会帰りの父が一人コタツでアップルパイを食べながら待っていてくれた。

なが~いなが~い一日が終わった。分刻みの過密スケジュールも何とか乗り越えた。

『社長、一日大変なスケジュールでしたがお疲れさまでした。』

『うむ。君も疲れただろう。今夜はゆっくり休みたまへ。』

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2006年1月 1日 (日)

書き初め

05010520kakutoutouge 明けた♪明けた♪おめでた♪おめでた♪みんなぁ!明けたよぉ!おめでただよぉ!

皆様、昨夜はどんな年明けを迎えましたか?

20051231_2011_0000 私は昨日夕方から高校時代の友人5人くらいで居酒屋へ。高校以来に会うミラクルダイエッターもいれば、つい先日会ったばかりで懐かしさを感じさせないビッグフット('05年12月4日参照。)、最近髪の色が”浜崎あゆみ”に似ていると言われ勘違いしまくりの班長、合コン三昧の看護婦…そして、なんだかんだ煮え切らない言い訳で結局来なかった、この飲み会を企画したはずの子。さすがにこんな大晦日に酒を飲みに来る人もおらず、客は私たちだけ。暇人の大集結。一応店は予約して行ったのに、中に入ると誰もおらず、『予約したO村ですけど。』といったら『お好きな席にどうぞ。』…予約いらず。飲み会は徐々に盛り上がり高校時代の思い出話に花が咲き乱れる。体育のバトミントンを真剣にやりすぎて悔し涙を流した話、テストの成績が悪く『実力が発揮できなかっただけ。』と言い訳しまくった話。などなど。そして何故かクリスマスでもないのにプレゼントタイムがあり、何故か今更ジャニーズにはまるビッグフットから班長へタッキーの団扇をプレゼント。な、な、なぜに今更ジャニーズ?しかもビッグフットは必要ないのに自分が好きな嵐の桜井くんの団扇まで持ってきて二人して妄想しまくって勝手に盛り上がる。二人に少々冷ややかな視線を送る私たち。宴も華僑に入り、この後どうするかという相談を始めた。しかし車を出していた私としては『12時に一人車の中で年明けを迎えるのはイヤなので遊ぶなら年明けまで大騒ぎ、帰るならさっさと帰る』というワガママを聞いていただき、盛り上がりも体温もいい感じのところで帰ることに。

なんとか12時前に帰宅。一家団欒の年明けを迎えることに。たいてい誰もが12時になる瞬間、どんなことをしようかその一瞬に緊張感を高める。私たちも”行く年来る年”を眺めながら何をしようかそわそわそわ…そして緊張感は徐々に高まりテレビの除夜の鐘が鳴るシーンで緊張感は最高潮に↑↑そして日本列島に除夜の鐘が鳴り響くその瞬間…

『たみさぁ、あのお母さんの携帯のストラップは多美があげたの??』

姉の一言に家族全員撃沈。我が家の2006年は姉が発したどうでも良すぎる母の携帯ストラップの話で幕が上がってしまった。こんな年明けなら車の中で一人で迎えても良かったかも…年明け早々悔いてみた。ちなみに携帯ストラップは私が買ったペットボトルについてたオマケ。はぁ…

そして一夜明けて、家族全員で澄まし汁のお雑煮をいただく。1月1日とは実に不思議な気分。つい数時間前まで『今年はあれしてこれして…一年早かったねぇ。』なんて言い合っていたのにそんなことさえ遙か昔のことに感じる。とても新鮮な気分だ。すべてのことが希望に満ちていて、何もかもが自分の力でどうにかなるような気がする。誰もが一年間で悩み事一つ無い幸せな一日であろう。しかも今日は一点の曇りもない晴天。まさにおたみ日和。

今日はそんな一日にふさわしいのかどうかは分からないが、新年早々姉の中学時代から家族ぐるみで交流のある上野さん宅へお邪魔してきた。我が家、大したことはないがちょっとした卓球家族。そして上野さん家族は超大した卓球家族。上野家は最近新築し、リビングには本物の卓球台があり観戦場まである。姉と私が上野姉弟と同級生ということもあり、昔から卓球を通して大変仲良くしていただいている。元旦からお邪魔とは承知していたが所用があり訪ねたところ、なんやかんや話の流れでリビングで卓球をしていくことに…姉は中学高校と六年間やり、三年間かかって自分は攻撃ができないことに気づき残りの三年間は保守に徹した。私は高校一年生で現役を退き、以降趣味がてら卓球をしてきた。しかし、今でも家族全員バリバリ現役で活躍する上野さん。もはやピンポン状態のおたみ姉妹に対し容赦なくスマッシュを連発してくる。2006年打ち初め。おたみ家はぼろぼろに敗戦。ちょっと所用で訪ねただけのつもりが何故か新年早々本気卓球にヘトヘトになって帰ってきた。とほほ…

さて、いよいよ始まってしまいました2006年。皆様はどんな年にしたいとお考えですか?私は年女。戌年なのに犬嫌い。今年の目標は”聞き上手”になること。少しでもたくさんの人に出会い、たくさんの話を聞いて視野が広い人間になりたい。いつもは俄然マシンガンで喋りっぱなしの私ですから、もぅ少し人の話を聞けるよう努力する次第です。そしてミニスカートをはくこと。スカートは苦手だが、若作りに徹してみたい。

そんなこんなな私ですが今年も下らないネタを書きつづっていきますので、本年もおたみ日和をよろしくお願いいたします。

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